This article by Kiyoko Sagane originally appeared in the August 2009 issue of the Tsuyaku-Honyaku Journal. Reprinted with permission.
はじめに
母国語へ翻訳することを基本とする他国の翻訳事情とは異なり、日本では日本人が母国語でもない英語へ翻訳する傾向が今もかなり強いようです。これについての是非をここで深く議論するつもりはありませんが、これから翻訳者を目指して学習中の方で、特にフリーランサーとなることを希望している方は、英日翻訳の力を強化するよう重視したほうが良いような気がします。仮に日英翻訳だけを専門にした場合、海外に所在する会社から仕事を得難いと思われますし、今後ネイティブによる翻訳の良さを理解する顧客層が広がれば、日本国内ですら日英翻訳を専門にする日本語を母国語とする翻訳者のニーズが下がる可能性もあるからです。ちなみに私の勤める翻訳会社も日本人は日本語へ翻訳することが基本で、仮に私が日英翻訳をすることがあったとしてもある所定の文書だけで当然のことながらネイティブの厳しいチェックが入ります。
とはいえ、読者の皆さんの中には何らかの事情で日英翻訳に興味のある方や既に社内で日英翻訳を担当している方、その他翻訳に限らず英文を書く環境に置かれている方もいらっしゃると思います。その様な皆さんの今後の学習に役立てていただければと思い、私の翻訳経験に基づき独断と偏見で簡単にまとめてみました。
分野を絞り、ネイティブの記載をよく理解・分析する
まず、英語ネイティブの記載をよく理解・分析することの重要性をお話したいと思います。基本的なことですが、言葉を話したり書いたりするというアウトプットを行う為には、その前の知識としてインプットが必要となります。極端な例ですが、「翻訳者」という言葉と「~中」という表現を知らなければ「翻訳者になるために勉強中です」という文を書くことは不可能です。その代替措置として、例えば「英語と日本語を訳す人になるために今勉強しているところです」等の冗長で幼稚な文になってしまうかもしれません。学生時代のジャーナリズムのクラスでも必ずプロのジャーナリストが書いた記事を分析するプロセスがありました。これも、良いとされる記事がどのようなものかを理解・分析しない限り、自分で良い記事など書けるはずがないということだと思います。
さて、ではなぜインプットのソースをネイティブの記載にすべきなのでしょうか。単純なことです。仮に英文を書くことがあるとしたらそれを読む相手は英語ネイティブ (または別の言語のネイティブで英語も分かる人) です。日本語ネイティブの人に対してだけを唯一の目的として、わざわざ英文を書いて提出したり、日英翻訳をすることはほとんどないと思います。ですから、ネイティブの人が読んで自然な文章でなければなりません。やはり言葉は生き物ですので、それを使う地域や世代等によっても大きく異なりますし、これを書面に落とすとなれば分野、ターゲットとなる読者、目的、スタイル等で「良い」という文章も異なります。となると、ある一つのテキストやマニュアルなどに頼って、良い文章の概念だけを覚えても自然な流れの良い文など書けるわけがありません。そもそも「良い」の尺度があまりにも違い過ぎます。ですから、自分の分野の文書でしかもネイティブが記載したものをよく理解・分析することが、必要なアウトプットをするために重要となるのです。
では、具体的なインプットの方法ですが、私は職場環境にも恵まれ次のような二つの機会がありました。まず、ベテランの英語ネイティブ翻訳者が行なった日英翻訳のチェック作業です。特に初心者の頃は数字等の明らかな誤記をチェックする場合がほとんどでしたが、これによって、例えば、契約書や特許などの独特の言い回しや、ネイティブによる訳し方、自分では思いつかなかったような表現を学ぶ機会となったのです。つまり様々な情報がインプットされていったわけです。もう一つは、英日翻訳作業です。英日翻訳作業中には、ネイティブ (そうでない場合もありますが) が記載した文書を当然のことながら読んで理解する必要がある為、同じ分野においてこのような作業を何度も繰り返して行くうちにその分野独特の表現が自然と身に付いてくる、つまりチェック作業と類似した効果を感じたのです。そして、インプットしたことは記録に残して今後の業務に役立てるようにしました。
ただ、一つ注意が必要なのは、翻訳には数式のようにたった一つの回答があるわけではない点です。文書の種類や前後関係によって上記のようにインプットしてメモしたものがいつでも使えるわけではありません。つまり、柔軟性が必要となるのです。この柔軟性は、例えば原文と翻訳文を何百ページも何千ページも見比べて徐々に強化して行くことが遠い道のりに見えて効果的な学習方法ではないかと思います。語学学習はマジックではありません。努力して知識を蓄積していかない限り上達することなどあり得ません。今現在、チェック作業も翻訳作業も全く機会がないという方は、どこかで原文と翻訳文が併記されているものを探しそれをよく比較・分析してみると良いのではないでしょうか。
コミュニティー・参考書を活用する
日英翻訳に限ったことではありませんが、迷ったら分かる人に聞くのが一番です。例えば、日本翻訳者協会(JAT)では、会員用メーリングリストがあり世界各地の会員と情報交換ができます。私も何度か質問したことがありますが、質問後数分で最初のメッセージがあり、数時間後には少なくとも7件ほどのメールをいただいたこともあり、とても感謝しています。
ライティング力強化に役立った参考書には以下のようなものがあります。まず、『A Writer’s Reference, 4th Edition』(Diana Hacker、Bedford/St. Martin’s、1999年)。大学生が論文を提出する際の参考書ですが、Effective Sentences、Word Choice、ESL Trouble Spots等の項目の記載は論文以外でも役立つような内容で、自分の文章を見直す際の注意事項としても活用できました。また、NHKテレビ『3か月トピック英会話ハートで感じる英文法』(2005年7~9月放送分) のテキストをまとめた『ハートで感じる英文法』(大西泰斗、ポール・マクベイ」NHK出版、2006年)と、これと同じ著者による『ネイティブスピーカーの単語力 2. 動詞トップギア』 (大西泰斗、ポール・マクベイ、研究社、1999年) と、『ネイティブスピーカーの英語感覚 ネイティブスピーカーの英文法3』(大西泰斗、ポール・マクベイ、研究社、1997年) です。『ハートで~』は基本的な文法、後者はそれぞれ動詞、助動詞や丁寧表現を重視したものですが、いずれも日本人にとって分かり辛いニュアンスの違いが詳しく説明されています。
さて、ニュアンスを理解する上ではOxford Dictionary of English等の英英辞典は欠かせません。試しにある日本語を日英辞典で調べて出てきた複数の英単語のそれぞれについて英英辞典を引いてみて下さい。明らかな違いが分かるのではないでしょうか。
最後に
上記は私の単なる経験談に過ぎませんしこれ以外にも様々な方法があるのではないかと思います。ただ、いずれにしても一朝一夕で結果が出ることを期待せずに地道に学習すると良いのではないでしょうか。かなり簡単ですが何かしらお役に立てていただければ幸いです。皆さんの今後のご活躍に期待いたします。