読み手を意識した翻訳

丸岡 英明

先日、ある翻訳関係のセミナーで、この翻訳の読み手は誰なのか教えてほしいという翻訳者がよくいるが、そんなことは翻訳者が常識で考えるべきことだといった主旨のことを翻訳会社の方がおっしゃっていて驚かされた。本当にそうなのだろうか?

つい最近、結婚披露宴の招待状の英訳を依頼された。招待する側もされる側も日本人、会場も日本である。まず疑問に思ったのは、この英訳は誰が読むのであろうかということであった。招待状の典型的な文面は日本語と英語とで全く異なる。招待することが目的なのであれば、訳す際に英語の習慣に合わせた形式に変更し、受け取った側が何の違和感もなく読むことができるものに仕上げるべきであろう。では、この場合、それをしてしまって構わないのだろうか?

納品後、翻訳会社から、証明印を捺し署名してほしいと依頼された。訳文を何かの証拠として用いるらしい。裁判である可能性もある。そういう目的であるのなら、細かいニュアンスや文化的な違いも含め、原文に忠実に訳す必要がでてくる。

特許明細書や治験実施計画書などを訳す場合も同様である。目的が出願・申請用なのか、調査用なのか、社内でのチェック用なのかによって、訳す側の意識が変わってくる。出願・申請用であれば、読み手は審査官である。各国の審査のルールにのっとり、審査官が苦痛なく読める文に仕上げる必要がある。審査に通ることが目的だからである。調査用や社内でのチェック用であれば、読み手は依頼者自身であり、目的もおのずと変わってくるので、読み手が知りたいと思っていることが明確に伝わる訳を心がける必要がある。

訳文を誰が読むのか、何を目的として読むのか、それを常に意識していくことは非常に重要である。翻訳会社にもそこまで意識した営業を心がけていただきたいと感じているし、翻訳者がそれを怠ってしまえば、クライアントが満足する訳にはならないであろう。