パソコン活用による翻訳の効率化

講演者:松岡直見

1. はじめに

筆者が翻訳を始めた1980年代は、一字一字原稿用紙に訳文を書き込んでいた。しかし、現在は、翻訳にパソコンを使うことは常識となっている。翻訳でパソコンを使用することには、次のような利点がある。

1) 一度入力した訳文の修正が容易

2) 各種の電子辞書を利用可能

3) 過去の翻訳作業のデータを保存するデータベースとしての利用

4) 翻訳ソフトを翻訳の支援ツールとして利用

5) その他、パソコンの便利な機能

この講演会では、上記の3)、4)、5)について論じてみる。

 

2. 翻訳データベースの構築

パソコンを使用して翻訳をすると、必ずデータがファイル形式で残り、ハードディスクに保存することになる。このデータは自然にたまってくる。次回、同じような内容の翻訳の依頼を受けたときに活用することができる。最近では、顧客も電子データで原稿を送付してくるような場合が多くなってきた。ここで必要なことは、原稿データと翻訳データをパソコンに保存し、データを消さないことだけだ。一方、データベースでは、どのようにして必要な情報を検索するかが課題となる。私は検索には次のツールを使用している。

・TXTANA(英文検索用)

TXTANAは、英文検索ツール(シェアウェア)で、目的の単語検索以外に、頻度分析が可能である。単語と前置詞の組み合わせや単複の区別、冠詞の用法なども調べることができる。

・Grep (英文検索、和文検索)

Grepは、英文検索、和文検索の両方が可能なツールである。WZEditor(市販品)や秀丸(シェアウェア)などのエディタに組み込まれている。検索したい単語を指定すると、その単語を含むファイルと文が一覧で表示される。

 

3. 翻訳ソフトの活用

私は翻訳ソフトを、翻訳スピードの向上、それから、翻訳データベースの構築という観点で有効と判断して活用している。

 

3.1 翻訳ソフトを使用する前の準備

筆者はビジネスの管理と統計記録のために、次の項目を入力している。これは、翻訳の仕事を受注するたびに作成する。これを「翻訳マスター」と名付けている。

入力項目:納入年月日、顧客名称、文書番号、翻訳分野、文書区別、MT適用の有無(以下、機械翻訳はMTと略す)、時間データ(原稿の電子化、スペルチェック、MT下訳、後編集、推敲)、翻訳の能率、英日/日英の別

私が翻訳マスターを導入したのは、1994年からである。これまでのデータを分析することによりいろいろな指標が得られる。

例1:翻訳枚数(枚数とは、英語200単語、日本語400字を一枚として計算1994年~2000年にかけて、年間翻訳枚数は、2500枚~4000枚の間で推移している。

例2:翻訳能率(枚数/一時間)1996年までは、一時間あたり2.0枚~2.5枚で推移していたが、1997年以後は 3.0枚を越えている。

 

3.2 翻訳ソフトを導入して翻訳の効率化は可能か

翻訳ソフトに対する世間の評価は、極端に2つに分かれている。一方は、まだまだ使い物にならないという評価、もう一方は、工夫さえすれば使い道はあるという評価である。私は10ほど前から、翻訳ソフトを使ってきている。私の立場から結論を言うと、翻訳を目的に使うには、用途を絞ってある程度工夫したりやコツを修得した場合を除いて使えないが、データベースの構築という目的で使用するなら、十分に役立つと考えている。

・翻訳ソフトを活用した翻訳のプロセス

翻訳のプロセスに翻訳ソフトを導入する場合、原稿の電子化、MT、訳文の修正、推敲というプロセスが必要となる。原稿の電子化とは、顧客より紙媒体で原稿をいただいたときに、それを電子データにする作業である。具体的には OCRによる文字のテキスト化である。顧客が電子媒体で原稿を送付してきた場合は、このプロセスは省略される。下にそれぞれの作業時間の内訳を示す。(単位は%、全体時間に対する割合)

原稿の電子化:7.3

MT:18.5

訳文の修正:60.7

推敲:13.5

 

・手翻訳と翻訳ソフトを導入した翻訳の翻訳速度の比較

1994年~1997年までの「手翻訳」と「翻訳ソフトを導入した翻訳(MT導入)」の速度比較の結果を下に示す。(94年、95年、96年、97年の順、単位は枚数)

手翻訳:2.8、3.0、3.0、4.0

MT導入:2.0、2.3、3.0、2.9

このように、96年に手翻訳とMT導入でほぼ同じ翻訳速度に達したものの、97年の結果を見ると、手翻訳の方の速度が速いという結果になった。

翻訳速度をみると、手翻訳の方が速く、MT導入から期待したほどの速度は得られなかった。しかし、翻訳作業を通じて、経験的に、手翻訳よりもMT導入の方ではストレスが少なく、快適に作業できることがわかった。これはMT導入のメリットである。次章でこのメリットをまとめてみた。

 

4. MT導入における利点

MTを利用する翻訳者は、それによって能率(枚数/時間)を上げたいと考える。しかし実際にやってみるとすぐに分かることだが、よほど簡単な構文でない限り、通常の(技術)翻訳では手翻訳の能率を大きく上回ることは難しい。筆者の場合、最近では手翻訳の方が確実にMTの能率を上回る。(MTメーカーの名誉のために補足しておくと、ごくごく簡単な構文、たとえば、取扱説明書では、十分威力を発揮するのは間違いない)。

経験から分かったことだが、MTによるメリットは能率だけではない。翻訳者は MTを利用するときに、作業の一部をパソコンに任せ、自分の負担を軽減させたいと考える。

翻訳の仕事を分析してみると、

原文の読解

用語の選定

訳語の入力

技術資料の調査

翻訳文の推敲

などの作業が必要となる。このうち、どれをMTに任せるか、それを工夫するのもMT利用の楽しみでもある。うまくMTに一任できれば、翻訳者の負担はぐっと軽くなる。

たとえば、専門用語などは、MTに教えておけば律儀なほど正確に変換してくれる。また、常用表現なども覚えさせておくと確実に変換してくれる。手翻訳の場合は、すべてを人間が入力しないといけない。この差は意外に大きい。

MTの得意な部分を利用すれば、翻訳者はその結果の是非をチェックするだけで済む。白紙の状態から作業するのとはストレスがかなり違う。

MTが能書き通りに威力を発揮しないのは(とくに効率の面で)、構文解析のできが悪いために手直しが増えるからである。そこそこの構文解析を期待するのであれば、原文をかなり細かく区切るのが有効である(区切るだけであるから前編集という大げさなものではない)。あとは、細切れ訳文をつなぎあわせるだけだ。このつなぎ作業を不純と考える人は、MTとは無縁とあきらめた方が良い。

白紙からこつこつと自分で打ち込んでいくか、パソコンにある程度のところまでやらせて、結果を修正する作業を人間が受け持つか。MT利用について回る究極の選択肢であろう。できの良くないMT出力の手直しばかりしていると、いつしかそれに慣れてしまい、自分本来の翻訳の質が低下することを心配する人がいる。全面否定はしないが、心がけの問題であろう。

MTの意外な効用がもう一つある。それは、原文と訳文がセンテンス単位でセットになった対訳文が得られることだ。MTを利用しているかぎり、この対訳文は自動的に蓄積される。これをgrepなどで全文検索をかけると、たちどころに用語集となり辞書となる。しかも、日英双方向のツールとして利用できる。たぶんそれは、どこにも存在しない自分固有の貴重な財産となるのは間違いない。

そのために、特別のことは何もしなくて良い。ただ、ハードディスクからこの対訳文を削除しないようにするだけでよい。自分の翻訳の成果をこういう形でフィードバックできるのはちょっと気が付かないMTの効用であろう。手翻訳ではこうしたことはまず不可能である。

MTの実力が将来もっと向上すれば、訳文修正の労力もさらに低下するだろう。かなりできのよい訳文にちょっと手を入れれば完成ということも夢ではなくなる。でも、そういう時代がくれば、クライアントが自分でMTを使うだろうから、翻訳者の仕事がなくなると心配する向きもあろう。でもそれは、夢のまた夢であろう。早くそういう心配をしてみたいとも思っている。

 

5. パソコンの便利な機能

最後に、私が日常的に活用しているパソコンの便利な機能を紹介する。

・略語登録

この機能はどのワープロ(FEP)にも付属している機能である。方法そのものは特に珍しいものではない。ただ、私の場合システマティックに実行していると自負している。略語登録では、頻度の高い語に略語登録を実行するのが効果的である。私は自分のデータベースの中から、頻度の高い500語を抽出して、略語登録候補の語を選んだ。登録の際に、私は次のようなガイドラインを設けて登録方法を決めた。

1) 入力のキータッチが難しいもの

2) 略語そのものが他の正規の用語と重複しないもの

3) 略語が直感的に思い浮かぶもの以下に略語の例を示す。

げは:原子力発電所

ひつが:必要がある

・オートコレクト機能

一部のソフトには間違って入力した文字を自動的に修正する機能が付いている。これを活用し変換ルールを定めて、簡単なキーワードを打ち込むだけで、自動的に目的の単語を入力することができる。以下に略語の例を示す。

1) miti: Ministry of International Trade and Industry

2) r&d: research and development

・省入力機能

この機能はATOK(ワープロソフト、一太郎に付属)の機能である。省入力機能は、たとえば、一度、「うちゅうかいはつじぎょうだん」とキー入力して、「宇宙開発事業団」と変換する。次回、この言葉を入力したいとき、「う」または「うちゅう」と打ち込みTabキーを押すと、変換候補の中に「宇宙開発事業団」が現れて、選択するだけで、入力が可能になる。