佐藤綾子(Emily Shibata-Sato)

約10年前の1999年、本誌の「Translation World」シリーズで「人生の転機はアポロ、パソコン、インターネット」と題して次のような内容のエッセイを書かせて頂きました。
「英語が仕事になる!」と最初に知ったのは、アポロ11号月面着陸時の交信の同時通訳を聞いた小学生の時。最初は通訳をめざしたが、パソコンが購入可能となった1980年代半ばにローンで購入し(一式100万円もした!)、勤めを辞めてフリーとなり、翻訳と通訳の仕事を開始する。その後のバブル時代、翻訳の仕事がメインとなる。90年代後半にはインターネットが登場し、情報収集の入口となる検索エンジン(YahooやGoo)、世界規模の翻訳者向けメーリングリスト(JAT-LISTやHonyaku)という二つの強力な情報ツールを利用するようになった・・・

結びの文章はこうでした。「日々変化することばと、進化する技術を追いかけながらの『コミュニケーション助っ人』稼業は、これからも続けていくつもりです」

はい、2008年の今もまだ続けています。

Google登場

当時、今思えばひっそりと、もう1つの検索エンジンが成長し始めていました。98年にサービスを開始したGoogleです。

Google という言葉が前述のHonyakuに初めて登場したのは、99年1月19日、”Yakkers [=Honyaku subscriber] in search of authenticity may like to check out a new search engine: http://www.google.com/ “ という書き込みです。 同年9月7日には ““It's[Google is] more up to date than AltaVista, and if you search for two terms, it gives you context for both.” とあります。当時の検索エンジンでは1つの単語からしか検索できないのが普通でした。さらに12月2日には、「”my apology” と “my apologies”のちがいは? 」という議論が続くなか、「Google検索したら、前者が2,859件、後者が3,538件ヒットした」と報告されていました。今ためしに両方をGoogle検索=「ググって」みましたら、それぞれ約59万件と410万件ヒットしました。いったい情報は何倍に「爆発」したのでしょうか。

上記3件のメールは、1995年以降のメール約22万件が保存されており、今も更新され続けているHonyaku Archive http://honyaku-archive.org/から発掘しました。

Googleで探す+Googleを表現辞典として使う

―ダブルクォーテーションとワイルドカード

私は、2004年からJAT新人翻訳者コンテストに関わっており、最近の第4回コンテストでは審査員の一人を務めました。今回、審査にあたって一番感じたのは、せっかくGoogleという便利な道具があるのだから、応募者はもう少し背景情報を調べたり、自分の訳文をチェックしたりすればよかったのに、ということです。英日部門の課題文 ”Protect The Merger Or Sale Value Of Your Business: What You Can Learn From The DaimlerChrysler Debacle” (約900 words)から2つ例を挙げます。

原文1 When Daimler purchased Chrysler, Chrysler was having record revenues of 61 billion dollars and net earnings of 2.8 billion dollars.

訳文1-1 ダイムラーがクライスラーを購入した時、クライスラーは610億ドルという記録的な売上高と28億ドルという純利益を打ち出していた。
この訳文には2つ問題があります。第1は「購入」です。DaimlerやChryslerが何だかわからなくても、Googleで 「Daimler Chrysler」、あるいはカタカナの「ダイムラー  クライスラー 」のキーワードでググれば、両社のオフィシャルサイトやWikipediaが上位に表示されます。それらを読んだり、さらにリンクをたどっていったりすれば、これが企業「買収」をめぐる話であるとわかります。

第2は「・・・純利益を打ち出していた」です。このような言い方はあるのだろうかと疑問に思ったら、” 純利益を打ち出していた” と検索語句の前後にダブルクォーテーション(””)をつけてググると、検索語句をそのままの形で含むページを検索できます。検索した結果、この表現は見当たりませんでした(ただしその後、JATのウェブサイトに訳文を掲載したため、今はそれがヒットします)。

訳文1-2 ダイムラーがクライスラーを買収した時期は、クライスラーが売上高610億ドル・純利益28億ドルという記録的な数字を達成していた時期だった。

1つの文で「時期」を2回使ったのは減点対象ですが、文章としてはこちらの方がこなれているでしょう。

原文2 Exciting new product lines were eagerly accepted by the market.

訳文2-1 新たな生産品目の積極的な導入を、市場は熱狂をもって受け入れた。

訳文2-2 消費者の興味をそそる新たな製品ラインは購買層の熱烈な歓迎を受けていた。

訳文2-3 斬新な新型車のラインナップは熱狂的にマーケットに受け入れられ。

この文脈での「熱狂」や「熱烈」は、対象がアイドルではないのでちょっと大げさかなという気がしました。では他にどのような言い方ができるでしょうか。表現のバリエーションをGoogleで調べるには、ワイルドカードとしてアスタリク(*) を使います。たとえば ”市場*受け入れられ”などと言葉を組み合わせてググり、検索結果を見ていけば「”eagerly accepted”の意味は、わざわざ”熱烈・熱狂”を加えなくても、“歓迎した・された”に近いかな?」などと判断できます。

2つの検索ワザ” ”と*は、日英翻訳の際にもフル活用できます。その他のGoogle活用術については本誌でもよく特集されていると思いますし、JAT会員の安藤進さんによる「翻訳に役立つ Google表現検索テクニック」(丸善出版事業部、2007)もぜひご覧ください。

もちろんGoogleを使いこなすには、たくさんの文章を読み、自分の頭のなかに言葉のデータベースを構築し、しかもそれを更新し続けていかねばなりません。

さて次の10年、私は日々変化することばと進化する技術を、どこまで追いかけていけるでしょうか。

JAT新人翻訳者コンテストとは?

JATの設立20周年を記念し、優秀な新人実務翻訳者の発掘と奨励を目的として2004年に始められたコンテストです。応募資格は実務翻訳(放送・映像翻訳も含む)経験3年未満の方で、JAT会員・非会員は問いません。年1回開催され、部門は日英翻訳部門と英日翻訳部門、応募料は無料です。両部門の第1位受賞者は、世界の英日・日英翻訳者が集まって研究発表を行なう国際会議 (IJET:http://jat.org/ijet/)に招待されます。詳しくは http://jat.org/contest/ をご覧ください。すでにこのコンテストからプロデビューを果たした方々もおられます。