1. 翻訳という仕事(初心者向け)

これから翻訳の仕事を始める立場の私にとってまさにうってつけのテーマだったので、とても楽しみにして参加しました。JATの新理事である4人の講師が、各自の経験をもとに翻訳を行う上での注意事項について発表する形で進行しました。

まずはJAT新理事長の木下マリアン氏から「翻訳者の3大原則」のプレゼンテーションがありました。提示された3大原則は以下のとおりです。
1. 締切りを守ること。
2. 常にチェックすること。繰り返しチェックすること。
3. 出来ない仕事(内容や納期)は引き受けないこと。

そして、フリーランス翻訳者がネットワークにより他の翻訳者と仕事をする利点、ネットワークの場の見つけ方、などの「ネットワークの重要性」についても説明がありました。その他、請求書の作成方法やファイル名の付け方、問題が発生した場合のクライアントとのコミュニケーションの重要性など、実用的なアドバイスがありました。私は、今まで翻訳の勉強だけで精一杯でビジネスのノウハウ習得までは手がまわっていなかったので、このアドバイスはとても参考になりました。

2人目の立花陽一郎氏からは「仕事の始め方」と「翻訳会社VS企業との直接取引」についてプレゼンテーションがありました。
提示された主な仕事の始め方は、以下のとおりです。
1. トライアル(一番多い)
2. 紹介(効果が強い)
3. 営業(ネットワーキングなど。名刺は常に携帯すること)
4. ウェブサイト(JATの登録サイトやSNSなど)
特にネットワーキングではSNSを利用しないと損である、とその重要性を強調していました。

次に、翻訳会社VS企業との直接取引における仕事の比較について説明がありました。内容を以下の表にまとめます。

翻訳会社 企業との直接取引
料金 安
営業代行、リスクヘッジ
リーマンショック後も仕事が来た
紹介されることはない
仕事が広がらない
料金 高
自ら営業
リーマンショック後に仕事が途絶えた
紹介され、次につながる
仕事が広がる可能性あり


翻訳会社は常に仕事を確保するために大切な存在である、企業との直接取引では意見を求められることもあり取引していて面白い、などの指摘が印象に残りました。
さらに、仕事につながらなくても気にせずにチャンスの数を増やせばよい、特に最初のうちは翻訳に時間をかければ必ず品質が向上する(最低一晩は寝かせる)、そして信用につなげる、調査の重要性、変化が激しい時代の流れに遅れないよう、やろうと思ったことを即実行すること、などのアドバイスがありました。これを聞いて「あきらめずに努力すればいつか報われる」と信じられるようになったので、たいへん励みになりました。また、いつまでも勉強しているだけでは時代の流れに取り残されてしまうと気づけたことも、私にとって大きな収穫となりました。

3人目の宮原美佳子氏からは「通訳・翻訳者のSNS活用術」をテーマにしたプレゼンテーションがありました。SNSの種類を説明後、SNSでの自己PR大作戦についての経験談がありました。信用を得るにはブログだけでなく、信用できる個人として活動している事実を証明するウェブサイトが必要、また、長期間ブログを継続→データが蓄積→Google検索結果の上位に表示→クライアント層が広がった、とのことでした。プレゼンテーションで紹介された『通訳翻訳ジャーナル2013年7月号』のSNSツール利用区分図がとてもわかりやすかったので、掲載許可がくだればJATサイトで公開すると有益だと思いました。私は自己PRが苦手なので、SNSの活用は私にとって今後の大きな課題になると感じました。


4人目の講師は遠藤安岐子氏でした。時間が押していたので短時間での発表でしたが、以下のような的を射た貴重なアドバイスがありました。

1. 健康管理の重要性。自分が資本。
2. 勉強して仕事を引き受ける勇気を持つ。ただし準備万端で。原文を最低3回は読んでから翻訳に取り掛かること。
3. 過信・思い込みに注意。考え直すこと。
4. 通訳する時には空気の読めない「KY」にならない。何があっても驚かないこと。
5. 翻訳が誰を対象として何のためのものか把握すること。
6. WordsRUなどのチェック機能を確保すること。
そして最後に「信」じる「者」を多く作れば「儲」になる、と納得の一言でセッションが締めくくられました。
日頃慎重派の私には、「仕事を引き受ける勇気を持つ」という言葉が特に心に響きました。この言葉に励まされたおかげで、IJETから帰国後、初トライアル挑戦を決断することになりました。

各講師のアドバイスからはどれも、「がんばれ」と背中を押してくれているような、新人に対する温かい思いやりを感じることができました。このセッションに参加していなかったら、私はきっとまだ翻訳の勉強を続けるだけで、トライアル挑戦という実際の仕事につながる行動は起こせていなかったと思います。プロの翻訳者への道のりを一歩前進できたのは、このセッションに参加できたおかげです。IJETに参加する機会を与えてくれたJATにとても感謝しています。ありがとうございました。

2. 旅行業界における翻訳サービス

私は現在旅行業界勤務のため、興味津々でこのセッションに参加しました。講師は旅行業界歴15年、現在ハワイのラグジュアリーホテルに勤務するShinobu Cook氏でした。翻訳サービスを依頼する立場でもある講師の経験をもとに、旅行業界のクライアントが求める翻訳のクオリティーとは何かをテーマに話が進められました。

旅行業界は旅行会社、交通機関(飛行機、電車、バス)、ホテル、観光局に大別されますが、
提示されたこの業界における翻訳サービスの分類は以下のとおりです。
 パンフレット

  •  料金表
  • ガイドブック・旅行雑誌・紀行文
  • プレスリリース
  • ファクトシート
  • ウェブサイト
  • レストラン、スパなどのメニュー

講師のホテルでは、客室にある案内などの翻訳は講師自身が担当、ウェブサイトなど大量の翻訳は翻訳会社に外注、パンフレットなどデザイン性の高い翻訳はグラフィックデザイン会社に外注、というように用途にあわせ翻訳者を区別しているそうです。

そこで、クライアントは翻訳者に何を求めているのか、講師の勤務するホテルのウェブサイトを題材にして説明がありました。英文サイトにあるレストラン、高級スイート、スパの名称をどのように日本語に翻訳するか、会場の参加者も各自挑戦してみました。私は、翻訳のヒントがウェブサイト上の写真やロゴに隠されている点に指摘されて初めて気づいたので、このアクティビティーは楽しかっただけでなくとても勉強になりました。このようなアクティビティーをふまえ、以下に要点をまとめます。

翻訳する際の留意点
1. 固有名詞。クライアントはみな固有名詞にこだわりを持っているので、表記法についてクライアントとしっかり協議する。
2. 数字。料金や電話番号の間違いは大問題となるので、数字は絶対に間違わない。
3. 丁寧さの度合いを見極める。クライアント層やクライアントのマーケット層に応じて判断すべき。その見極めは公式ウェブサイトが参考になる。ただし、高級層を対象とする場合でも表現が丁寧すぎる必要はなく、いやみにならないよう注意する。
4. 統一性。例:「散策」と「散歩」という表記が同ページ内にあっては統一性がない。
5. 度量衡、金額の換算。例:エーカー表記は日本人向けでない。ドル表記は括弧書きで(~円)と補足表記。
6. カタカナ表記を避ける。ホテル利用者にはお年寄りもいる。万人が理解できるようにすることが大切。

その他、TPOをわきまえてケースバイケースでクライアントの求める翻訳に対応すること、自信のない時はインターネットで確認またはクライアントに確認すること、人名・役職・歴史上の人物名・有名人・地名・ワイン名の訳し方のコツなどのアドバイスがありました。

このセッションに参加して、旅行業界のクライアントが求める翻訳とは、利用者にわかりやすく、正確な情報を伝えられるクオリティーを備えた翻訳であることが学べました。特に、日頃旅行業界で利用者と直に接している者として、留意点の5や6などにとても共感しました。また、クライアントを満足させるには、とにかく誠心誠意で仕事をこなし、翻訳の対象は誰なのか、読む側の気持ちになることが大切だ、という点が改めて確認できた1時間でした。

Chiaki Matsumoto