安達眞弓
藤村聖志
 

課題文(Cross-Regional Statement on “Infodemic” in the Context of COVID-19)は こちら

 

安達眞弓

ご応募いただいたみなさん、お疲れ様でした。応募はしなかったけれども、コンテストに興味を持ってくださったみなさん、こんにちは。

2020年の課題は、この時期どうしても避けては通れなかった新型コロナウイルス感染症の『インフォデミック』に関する文書を選びました。今回も内田順子審査員から数多くの助言をいただきました。ここに感謝の意を表したいと思います。

【はじめに】

課題文は国際連合アメリカガッシュ国政府代表部のウェブサイトからお借りしました。翻訳を始める前に、国連事務総長による、新型コロナウイルスに関する情報についての指針を確認してみましょう。国連関連の案件が来たら、国連広報センターのウェブサイトを確認することをおすすめします。

新型コロナウイルスとデマに関するアントニオ・グテーレス国連事務総長ビデオメッセージ:
https://www.youtube.com/watch?v=3kJ2p33zBwY&list=PLNe0pDYSfDisJSSjcxh_C4hGkVdV28UwF&index=5

【冒頭~第2段落まで】

☆Pandemic

カタカナの「パンデミック」でいいか、訳語を当てるかについては審査員の間でも意見が分かれました。私も当初は「世界的感染拡大」のように漢字にしていましたが、クライアントからの要望もあって、最近はカタカナの「パンデミック」で統一しています。

富士フイルムではアウトブレイク、エピデミック、パンデミックをこのように定義しています(以下のURLから閲覧できます)。ここでは「感染爆発」という訳語が使われています。カタカナ・漢字のどちらでも、意味を的確にとらえていればOKだと考えます。

https://sp-jp.fujifilm.com/future-clip/reading_keywords/vol37.html

☆Quoting the UN Secretary General, “as COVID-19 spreads~

国連事務総長の「」でくくった発言と一体化できる文章にまとめるといいでしょう。個人的にはJ49の訳に好感を持ちました。

【第3・第4段落】

☆同じ段落で2回登場する「free」

1)access to free, reliable, trustworthy, factual, multilingual, targeted, accurate, clear and science-based information

2)the key role of free, independent, responsible and pluralistic media

1)のfreeは情報、2)のfreeはメディアのあるべき姿について述べたものです。感染爆発に至ったウイルスに関する必要不可欠な情報が周知されるよう「無料・無償」で提供されること。そして、報道は「特定の思想や宗教、政策に左右されない」独立した形で、責任を持って、複数の意見を参考にしたものであること――ざっくり訳すとこんな感じです。

残念ながら、ファイナリスト6名中、このfreeを訳しわけていたのはJ32とJ81のお二方だけでした。文書として訳文を俯瞰して読み解けていると評価し、私は上位入賞の決め手としました。

【第5~7段落】

☆false or manipulated information

直訳すると「間違った情報、操作された情報」ですが、ここから一歩進んでみましょう。国連広報センターでは「デマ」とひとことで言い表されており、なるほどと膝を打ちました。真実ではないことをわざと広めるのは、まさに「デマ」ですよね。「虚偽の情報」「偽情報(にせじょうほう)」でも構いません。ただ、「虚情報」はどうでしょうか。少しでも疑問に感じたらネットで検索し、しかるべき書き手が使っているかを確認することが大切です。

☆第5段落の訳出について

ここは「,which」で切らずに一気に訳しきった方が簡潔な文章になります。難しいかもしれませんが、諦めずにもうひとふんばり、訳文が工夫できるか考える時間を持つことも、キャリアをスタートさせたばかりだからこそ意義のあることだと思います。

☆Verified

コンテストの〆切後の2020年11月、国連広報センターのプレスリリースでVerifiedの取り組みに関する記事が紹介されました。URLを載せておきます。

https://www.unic.or.jp/news_press/info/40427/

【第8~第10段落】

☆inter alia

ファイナリスト6名中お一方が、ここを抜かして訳されています。書き手があえてラテン語を選んだのは、単に使ってみたかったからではなく、among other thingsで済ませたくなかった思いがあったと考えます。

毎年同じことを繰り返して恐縮ですが、どんなに優れた訳文でも、訳抜け、誤変換、タイプミスがあると、訳文を受け取った側の評価が著しく落ちます。丁寧に見直すことで回避できるミスでもあるため、なお一層注意してください(自戒をこめて)。

☆healthier, more equitable, just and resilient world

グテーレス国連事務総長は、望ましい世界の形を4つの形容詞、healthy, equitable, just, resilientで表現しています。比較級が語尾変化するhealthyを先頭に置き、more を伴う形容詞はequitable, just and resilientとまとめてありますが、この4つの形容詞はすべて等位です。ところが訳文を拝見すると、みなさん、どこか凸凹していると感じました。グテーレス事務総長が希求するのは(私の解釈では)「今まで以上に健全で、公平で、道義的に正しく、困難にもめげずに立ち直る強さを持った世界」です。公平や公正と訳すと、どこか似たり寄ったりな意味に取られてしまいます。equitableはequity=平等、justはjustice=正義に近づけて訳すといいでしょう。こういう訳出こそ、英英辞典を活用するいい機会です。

【おわりに】

今回の課題文は少し長く、構文的に難しいところも多々ありました。一方、豊富な訳例が確認できるトピックでもあり、積極的に調べものをすることで訳文の質がぐっと上がります。

AIの台頭、ツールを使った翻訳案件の増加、どんどん短くなる納期と、純粋な訳出作業に十分時間がかけられなくなり、翻訳業は今後ますます困難な状況を迎えるでしょう。そんな中、唯一頼れるのが実力ですが、翻訳する際に自分がこう解釈した根拠を明確に伝えられるようにしておくことも大切です。

第17回を迎えた今回、英日部門では120名を超える応募がありました。翻訳を学びたい方が増えるのはとてもうれしく、その情熱を学ぶ側、発注側の両方にとって望ましい形に高めていくのが、わたしたち現役の翻訳者たちの役目と感じております。

第18回もぜひまたチャレンジしてください。お待ちしております。

藤村聖志

ファイナリストの皆様お疲れ様でした。今回は現在進行形の問題を取り上げましたが、各自ネットや放送メディアを通じて十分な情報を得られているので、目立った誤訳はなかったように思います。全体として感じたことは、カタカナ用語の使用が多いということでした。これは微妙な問題で、カタカナ用語の使用が一概に悪いとはいえません。カタカナ用語でしか表現できない概念もあるし、日本語表記にすると却って煩雑になる場合も珍しくありません。とはいえ、適切な日本語表現を探す努力を怠って安易にカタカナ表現を採用することには反対です。例えば、「スケープゴート」「デマ」「ヘイト」「ソーシャルメディアプラットフォーム」等に関しては十分な吟味が必要です。審査員の意見も分かれていて、カタカナ用語の使用に比較的寛容な方もいらっしゃいます。カタカナ用語の増加という現象は「日本語の懐の深さ」だと、好意的に解釈することもできますし、逆に、「日本語の格調を台無しにする」と、否定的に受け取ることもできます。ただ一ついえることは、カタカナ用語の吟味に無頓着な人は英単語の吟味にも無頓着だということです。カタカナ言葉は日本語の大切な構成要素であって決して安易に扱ってはいけないということを肝に銘じておいてください。それでは各訳文の講評に移りましょう。

J81

J81さんは原文解釈が正確で、一旦理解した英文の情報を分かりやすく表現しようという姿勢があり、私はその点を勝って、当初からJ81さんを一位に推していました。例を挙げますと、原文第四パラグラフの..achieving adequate support for and compliance by the general public with collective efforts to ..のくだりはby the general publicが挿入句になっていてcompliance .. with collective effortsというフレーズを発見しにくくなっていますが、J81さんだけがこの部分を大過なく訳していました。今更言うことでもないのですが、翻訳行為は1.英文を正確に解釈する、2.解釈した内容を適切な日本語で表現するという二段階で成り立っています。いくら和文が立派でも英文が正確に解釈できていなければ翻訳の本旨を逸脱していることになるので、英文を正確に解釈するという第一段階がより重要です。最終的に、他の審査員の方々もJ81さんについてこの点を評価されたと思います。さて、2.解釈した内容を適切な日本語で表現するという点についてはどうかというと、J81さんの訳文はまだまだ改善の余地があるようです。一言で言うと、「書きすぎ」が目立ちます。第一段落の「そしてその他の」「とてつもなく大量の」では、「そして」「とてつもなく」が不要です。段落末尾で「一挙に拡散している」と言っているので、tsunami of..を表現するには「大量の・・一挙に拡散している」で十分でしょう。この段落には「そして」がもう一回出てきますが、本当に必要でない限り「そして」は使わないようにしましょう。繋ぎ言葉を乱発すると文がくどくなるばかりで却って読みにくくなります。また、第二段落のAmong other negative consequences…created conditions that….に対する「偽情報や・・現在の状況は・・深刻なものです」の訳ですが、amongに拘ったために少し強引になっています。この部分については、二位のJ32さんが原文の流れを壊さないで上手く訳されているので参考になさってください。第四段落でも、「・・基づいた情報。そのような・・。そして同様に・・。さらに分かったのは・・」と、無駄な繋ぎ言葉が多くなっています。ここもJ32さんの訳を参考にしてください。分かりやすく説明しようとする姿勢は認めますが、結果的には整理されていない文章を読者に提示する結果になっています。もう一つだけ言わせてください。第五段落の「ソーシャルメディアの各媒体の運営企業」ですが、単に「ソーシャルメディアプラットフォーム」と言わずにその「運営企業」に言及したのは評価しますが、「メディア」といっているので「各媒体」は必要ありません。

良い訳文とは何かについて、今一度考えてみてください。誤解を恐れずに言うならば、良い訳文とは読者に優しい訳文です。つまり、簡潔で読みやすい訳文であって、一度完成した訳文をスリムにする努力を怠らないようにしましょう。

J32

J32さんは、文章作成能力ではJ81さんより一枚上手だと思います。いわゆる「さくさくと読める文章」を書ける人で、きちんと訳文を推敲されたものと推測します。はっきり言ってJ32さんを一位にしてもよかったのですが、原文第四段落の..achieving adequate support for and compliance by the general public with collective efforts to ..の訳で「一般市民に十分な支援をし、彼らからも協力を得る」としており、若干誤訳になっているのが響きました。また、第八段落のinter aliaの訳抜けもありますが、やはり、前記部分をJ81さんはほぼ正確に訳されているので、ここで差がつきました。なぜJ32さんの訳では駄目なのかというと、..achieving adequate support for and compliance by the general public with collective efforts to..が実は、..achieving adequate support for and compliance with collective efforts to…the virus, by the general publicなのであって、general publicがcollective effortsをsupport for and compliance withしているというのが真相なのです。つまり、「ウイルスの蔓延を抑えるための努力」を「一般市民が支持しそれに協力する(遵守ではありません)」というのが正解なのです。最近テレビで政府関係者が「国民の皆様のご協力で・・コロナ感染を抑えて・・」とかよく言っていますよね。政府の「ウイルスの蔓延を抑えるための努力」を「一般市民が支持しそれに協力する」と考えれば分かり易いのではありませんか。どのような文献でも必ず読解に苦しむ部分が一つや二つは見つかるものですが、そういう時は、文書全体のロジックを考察してみてください。本課題は「インフォデミック対処のための呼びかけ(声明)ですから、それに一般市民が答えて協力するには責任あるメディアの存在が重要になるということですね。

他の審査員の方々からいろいろと別のご指導もあると思いますが、もう一つだけ、指摘しておきます。「・・呼びかけるものである」「・・呼びかけたい」「今一度名言しておく」「・・求めるものである」等、大層な演説口調はやめたほうがいいですね。例えば第三段落なら、call onはappeal toの意味なので、素直に「求める(求めている)」で良いのではないですか。

J49

J49さんの訳文は全体として良くまとまっていて、読みにくさは感じません。大きな誤訳もなく一定のレベルには達していると思います。しかし、ところどころで、”辞書をさっと調べて訳を拝借した”というような、安易な姿勢が見受けられます。本講評で何度も言っていることですが、辞書に出てくる訳をそのまま拝借するのは思いとどまってください。これはご飯をかまずに丸飲みしているようなもので、後で消化不良を起こします。辞書でいろいろな訳とか例文を見たら、それを良くかみ砕いて、調べた単語のイメージを自分で作ってください。英単語はすべて基本語彙があってそこからイメージの広がりに連れて派生語義が発生しますので、その過程をたどるような思考回路が必要なのです。ちょっと遠回りかもしれませんが、単語のイメージが出来上がっていれば文脈に沿った訳文を作成するのが容易になります。

まず、タイトルの「地域横断的声明」ですが、J81さんはこれを「地域共同声明」としていますよね。いかにも直訳的な「・・横断的声明」よりも「・・共同声明」という言い方のほうがもっと具体的なイメージが湧くとは思いませんか?次に「ウイルスのアウトブレイク」ですが、outbreak of a disease ...とはいいますが、普通outbreak of a virusとはいいません。原文ではいかにもCOVID-19 virusがoutbreakしたような書き方になっていますが、これは、COVID-19(病名)という感染症の大流行を指しているのであって、ちょっとした筆滑りですね。カタカナ用語、特にいまだ定着したとは言い難い用語を使う時は注意が必要です。また、「津波のような・・・あふれ出してる・・」ですが、「あふれ出している」と言っているので「津波のような・・」にこだわる必要はありません。「一気に・・あふれ出している(広がっている)」くらいで良いのではないですか。a tsunami of ..と書いてあるからと言って必ず「津波・・」と訳さなければならないと考える必要はありません。a tsunami of ..のイメージが大切なのです。さて、第二段落ですが、「・・大虐殺のリスク」は大げさですね。atrocityを辞書で調べられたと思いますが、これは、非道、残忍、暴虐的な行為全体を指すのであって(大虐殺行為も含まれるかもしれませんが)、「大虐殺」という具体的行為に制限するのは行き過ぎです。次に第7段落の「正確な情報が人々に・・および人々が・・」のくだりですが、この二回出てくる「人々」を省いてみてください。こういった匿名的な「人々」は英文では省くことはできませんが、和文では却って目障りになります。ここでは省いたほうがすっきりした訳文になると思います。最後に第八段落の「イニチアチブ」ですが、普通は「イニシアチブ」ですよね。「イニチアチブ」と書く場合もあるかもしれませんが、そもそもinitiativeを和文で表現し難いのでカタカナ表記にしたような形跡が伺えます。..launchedと言っているので、「試み」「構想」等 で良いのではないですか。「イニシアチブ」と書いてあるのを見て読者がどれほど具体的なイメージを抱くことができるかをまず考えてみてください。

J35

J35さんの訳は全体として引き締まった文章で読みやすくなっています。かなり漢語表現の好きな方と見受けましたが、これは個々人のスタイルの問題ですので一概に善し悪しの判断はできません。ただ、時々無用に堅苦しい訳文になっていることも事実です。それよりも、一番の問題点は、第四段落の..achieving adequate support for and compliance by the general public with collective efforts to ..のくだりの訳文「一般市民が十分なサポートを受け、コンプライアンスに対応するには・・」です。ここはJ32さんの講評で詳しく説明したように「ウイルスの蔓延を抑えるための努力」を「一般市民が支持しそれに協力する」という意味であって、そもそも原文解釈が不十分です。加えて「コンプライアンスに対応する」はかなり曖昧な表現であって、何を伝えたいのかよく分かりません。「コンプライアンス」というのは規則や法令を遵守する行為であって、そういう意味であれば、遵守する対象を示さなければなりません。また、「対応」は便利屋のような使われ方をする言葉であり、「(要求、仕事等)を処理する」「・・反応する」等、場面によって意味が異なります。翻訳業界でもよく「この仕事対応お願いできますか」等と言いますが、要するに「この仕事引き受けていただけますか」という意味であって、「ちょうどスケジュールが空いていて処理できる状態にある」というニュアンスを含んだ言い方ですよね。この「コンプライアンスに対応する」は強いて言えば、「コンプライアンス要求に対応する」ということになると思いますが、いずれにせよ、感覚だけで書いてしまっている感じが拭えません。他に気になるところを挙げますと、まず、第一段落の「ヘイト」が良くないと思います。「ヘイトスピーチ」は「偏見や差別を含んだ言説や演説」として意味が確立していますが、「ヘイト」は「憎悪」「憎しみ」でいいのではないですか。立派な日本語があるのにお仕着せのようなカタカナ語を使う必要はないと思います。また第六段落の「・・双方に対処し知見を深める準備は総合的に進んだ」は、直訳臭のする堅苦しい言い方ですね。思い切って「・・両方に対処し理解を深める全体的な準備が整った」等とすればよいと思います。Improvedを何が何でも「進化」とか「向上」と訳そうとすると「・・総合的に進んだ」というような苦しい訳になります。文脈に沿って全体的なイメージを掴むようにしましょう。最終段落の「・・対処する準備の強化につながるものと考える」も無用に堅苦しいですね。..will be better prepared for dealing with ..はごく平易な言い方です。「・・次の「インフォデミック」にしっかり備えることができる」で十分でしょう。こう書くと、dealing withはどこへ行ったのか、と疑問に思われるかもしれませんが、「対処する」は「備える」に含まれているのでこれでもよいと思います。

J33

J33さんは、原文はおおむね理解されていると思いますが、そこから読みやすい訳文を作成する段階でもうひと勉強する必要があると思います。訳文全体が元の英文に引きずられています。正確・忠実に訳すのはもちろん重要なのですが、英文の構造をそのまま和文に反映するのは決して忠実な訳ではありません。翻訳とは英文で書かれた情報を日本文で正確に書き直す(書き写すのではありません)作業だと考えてください。

まずタイトルの「・・にまつわる広範囲に及ぶ声明」ですが、「まつわる」という語は確かに「関連する」という意味も含みますが、「・・ついて」「・・関する」と比べると少し関連性が薄く、また、「汚職にまつわる」「事故にまつわる」等、マイナスイメージを伴いますので、ここではふさわしくありません。次に第一段落の「・・の津波が堰を切って押し寄せた」ですが、これでは本当の津波が氾濫しているかのような言い方になりますので、せめて「津波のような・・不安を扇動する情報が・・押し寄せた」としてください。第二段落の「もたらされたその他の悪影響の中でも・・」は、原文に引きずられた典型的な例です。「COVID-19がもたらした悪影響は他にもあるが・・とりわけ・・」という風に、ここでは、「インフォデミック」蔓延の危険性に言及した前文を受けてのAmong other negative consequencesであることを示す必要があります。このように時と場合によっては語を補って訳したほうが自然な場合もあります。どのような文献でも論旨の流れというものがありますので、原文をなぞるあまり「もたらされたその他の悪影響の中でも・・」というような唐突な句を放置してしまうことには注意しましょう。さて、カタカナ語の使用についても、少し慎重さに欠けているようです。第一段落の「シニアリーダー」、第五段落の「国連コミュニケーション・レスポンス・イニシアチブ」、第六段落の「社会的レジリエンス」第八段落の「イニシアチブ」は(カタカナも日本語の一部ですが)日本語で表現したほうが良いでしょう。誤訳とはいいませんが読者に対するサービス精神に欠ける印象を与えます。

J121

J121さんも和文表現に課題があるようです。まずカタカナ語ですが、第一段落の「スケープゴート」「デマ」はscapegoatingとscare-mongeringの訳としては不適切です。scapegoatとscare-mongerをちゃんと辞書で調べられたでしょうか?それぞれ「・・に罪(責任)を転化する」「(デマを飛ばして)世間を騒がす」といた動詞用法が載っているはずです。ここはJ81さんの訳を参考にしてください。次に第二段落ですが、「COVID-19によって健康が危ぶまれると」はもう少し敷衍して「COVID-19によって人々の健康が危ぶまれるような状況において」とすると、それに続く「「インフォデミック」の拡大は・・危険なものになりうる」にすんなりと繋がります。「合成動画」もまずいですね。これもdoctorの他動詞用法に「不正な変更を加える、改ざんする」という意味がありますが、それを踏まえると、単なる「合成動画」ではなく「不正に加工した動画」と言わなければなりません。また、toxic driverを「有害な牽引力」としていますが、「有害な牽引力」の意味がどれだけ読者に伝わるか疑問ですし、第一、driverは「牽引力」ではなく「駆動するもの(力)」であり、「牽引力」はtractive forceで、意味が異なります。要するに二次影響を引き起こす原因であり、「有害な原因(要素)」等とするべきですね。第四段落では、「COVID-19危機は・・実証している」としていますが、COID-19 crisisという無生物主語をそのまま持ってきて「実証している」としたのでは論文に出てくるような文章になります。「新型コロナ危機では・・はっきりと示されました」のように、無生物主語を避けて受身形にする方が日本文らしくなります。決して誤訳ではありませんが、良い訳文を書きたいと思うのであれば、こういったことも念頭に置いて訳文を検討してください。更に第七段落ですが、ensuring that ..以下を「ように保証する」としていますが、「保証」は不要です。「・・ようにする」で十分意味合いが出ています。いろいろ言いましたが、決して他のファイナリストと格段の実力差があるとは思っていません。全体の意味は取れています。後は自分に足らない部分に真摯に向き合って克服していく努力をしてください。何度も言うようですが、良質な紙媒体の本や文献を読むのがお勧めです。できれば書き込みやメモをして、なるべく知識を頭の中に溜め込むようにしてください。非常にアナログ的な発想かもしれませんが、読む・書くという行為が記憶回路を刺激してくれるのです。いくらIT時代だといっても、頭脳のアナログ的な実体は変わりようがありません。いつでもネットで調べられるからいいや・・等と高を括っていると、つぎはぎだらけの、他人の褌で相撲を取ったような訳しか書けなくなります。

今回もまた長い講評になってしまいましたが、少しでも皆さんのお役に立てるのであれば、必要な部分だけでも拾い読みして頂ければ幸いです。今後のご検討をお祈りします。