作成: 豊田麻友美(フリーランス翻訳者)

2012年5月19日、「翻訳でメシは食えるか?」とストレートに題された東京月例ミーティングに出席しました。講師は特許翻訳者の時國滋夫さんと金融翻訳者の石川正志さんといったベテランのお二方。翻訳の価格下落は身の回りで実際に起こっている無視できない問題であり、翻訳者の本音としてどんな話が飛び出すのだろうと期待して参加しました。

最初はお二人の自己紹介と本日の概要。その後、参加者の翻訳年数や分野、現在の収入に対する満足度、自分の翻訳に対する自己評価などのアンケートを挙手により行った後、本題へと入りました。

まずは翻訳業界の現状とその原因。低収入化、低価格化というお二人の共通する現状認識に加え、石川さんは「低品質化」とも。確かに最近問題になった東北観光博ウェブサイトの誤訳や、あまりにもひどいと昨年話題になったアインシュタインの伝記などの例が挙げられますが、これはもしかしたら昔からあった問題なのかもしれません。翻訳の歴史を語れるほど経験年数はないのですが、「品質」に対する客や翻訳者の考え方が変わっていないことが問題なのかもしれません。
こういった現状で、これからの人に翻訳を進められるかという点についてはお二人とも「No」と一致。

その後お二人が考える原因が述べられます。石川さんは「翻訳者が安いレートに甘んじている」「想定する年収が低すぎる」。一方時國さんは、「メーカー(客)が世界不況の煽りを受けていると異なった見解を示します。
冒頭のアンケートでは現在の収入に満足している人が15%、していない人が90%ほど(正確に計算していないので概算です)。しかし自分の翻訳に対する自己評価では「上」が20%に対して「中」が35%。もちろん謙虚に答えた方が多いのでしょうが、収入に満足していない、すなわち「見合っていない」と考えるならば、意識的には「上」でもよいのではないか、そうしないことが石川さんの仰る「安いレートを受け入れる」「目指す年収が控えめすぎる」ことと関係しているようにも思いました。

現状打破の対策として、石川さんは「翻訳者の収入に対する意識を変える」「専門性を高める」。時國さんは「品質をトップレベルに」「地道に営業活動をする」。時國さんの「品質をトップレベルに」には、そういう気持ちを持つことが大切とのお話もあったので、それは石川さんの「翻訳者の意識」にも共通しています。時國さんは「アンケートで自己評価を中とした人で、なぜ自分が中なのか即答できない人は質について考えていない」とバッサリ。そして「翻訳の定義」を即答できるように考えてみるべきだとも。確かに自分が売る商品が何たるか分かっていなければ、自信を持って売ることなどできません。

具体的な対策は目新しいもではなかったものの、「自分を安く売るな」という意識を持たせる場としてはよかったのではないでしょうか。(具体的な対策に関しては当たり前のことを当たり前にやるに尽きると思います。数々のセミナーで講師の方が話されている基本はすべて「当たり前」のこと。しかし自分を含めて、これをできていない人の何と多いことでしょうか。)翻訳者が「言われるがまま」のレートを受け入れるのではなく、自分主体で考えていけるような意識が一人ひとりに広がっていくとよいと思います。

最後にJATの重鎮、フレッド・ウレマンさんのコメントが会を締めくくってくれました。
「私に言わせれば品質と専門性も営業。いい翻訳を出せば、お客さんが自分の営業になってくれる。」

講師の石川さん、時國さんを始め、会の開催にご尽力いただいた東京地区活動委員会の皆さまに末筆ながらお礼を申し上げます。

松尾譲治さんによる英語でのレポート、古川智子さんによる日本語でのレポートもあります。