Sorry, this page is only available in Japanese.
英日部門には46人の応募がありました。応募して下さった皆様には心からお礼を申し上げます。厳正な審査の結果、以下の5人が最終選考に残りました(敬称略)。
No.23 藤山清一(ふじやま せいいち)
No.28 蔵本亮(くらもと りょう)
No.32 森田みどり(もりた)
No.49 南佐洋子(みなみさ ひろこ)
No.81 竹内美希子(たけうち みきこ)
さらに最終審査の結果、入賞者が次のように決定しました。
第1位 No.81 竹内美希子(神奈川県横浜市)
第2位 No. 49 南佐洋子(米国オハイオ州)
選ばれた方も、惜しくも選外となられた方も、ぜひ原文とご自分の翻訳をもう一度見直して、翻訳力向上の一助にしていただければ幸いです。
関根マイク
コンテスト実行委員
■審査講評
佐藤綾子審査員
今回の課題文"Economic Thinking for Translators"は、翻訳者の中でもあまり経済観念のない人を対象に書かれました。著者のクリス・ブレークスリー氏は経済・金融翻訳者で、JATの理事でもあります。 JAT新人翻訳コンテストにおいて、「課題文の著者に直接、語句や文の解釈について気軽に問い合わせられる」という機会はこれまでありませんでしたので、この際に building block approach とedit/editor の意味について質問してみました。
Question: Is "building block approach" a technical (or economic) term?
Chris: Regards building block approach, it simply means creating small sets that are eventually put together for a larger set, thus I give a formula for billing rate so that is understood, and then in another formula use billable rate as just one component. This is a common idiom.
最終候補作品はどれも処理に苦労していました。そのなかでは32番(ブロックをひとつずつ積み上げていくようにして・・・)が一番わかりやすかったと思います。
Question: The "editor" here just reads the translated text, checks the grammar and makes the text more readable, but does not compare the translation with the original text, right? If so, is it easy to find such a person?
Chris: As for editor, your description is correct, the idea is to just improve the English, not check for mistranslations, although you could hire such an editor/checker as well, I suppose. I don't use an editor myself, but think finding such a (monolingual) person wouldn't be difficult, such as a grad student.
応募者の多くは edit を編集に、editorを編集者にと、自動的に訳していました。しかし、編集の一般的な意味を 大辞林で調べてみると、「一定の方針のもとに、いろいろな材料を集めて新聞・雑誌・書物などを作ること。その仕事。また映画フィルム・録音テープなどを一つの作品にまとめることにもいう」とありますので、ここでのeditとは少しニュアンスが異なります。最終候補作品の中では32番、49番、81番が編集作業または校正作業と処理していました。このように作業を加えると仕事のなかに「原稿の加筆・修正」も入ってきて、若干近くなるという気がします。
他の応募者が使っていた訳語の意味も調べてみました( 「 」内の説明はいずれも大辞林より)。
校閲 「文書や原稿などの誤りや不備な点を調べ、検討し、訂正したり校正したりすること」
添削 「他人の詩文・答案などを、語句を添えたり削ったりして直すこと」
校正 校閲とほぼ同義で使われることもあるが(英文校正など)、「くらべ合わせて、文字の誤りを正すこと」という意味で使われる場合もある。
推敲 「詩文を作るとき、最適の字句や表現を求めて考え練り上げること」 この作業をするのは通常は本人。
校訂 「古書などの本文を他の伝本と比べ合わせて訂正すること」なので、これだと間違い。
編修 「資料を集め精選し、書物にまとめあげること。編纂」なので、これも違う。
また一般的に「編集者とは、出版社に勤務して書籍や雑誌を編集する人を指している」(13歳のハローワークより)ので、quality editorを優秀な編集者(32番)と訳すと、「え、翻訳を直してもらうのに、ベストセラーを生み出すような人に頼むの?」とも解釈できます。ちなみに81番では「良質な編集者」と訳されていましたが、「良質な」は「労働力」には使えますが、今のところヒトには使いません。
以上、重箱の隅をつつくような指摘ではありましたが、一見簡単そうな単語もこまめに辞書を引く(サイトを検索する)べし、という一例でした。
では、最終候補5作品の簡単な講評です。
23番 "Billable rate"を「支払いレート」に、"building block approach"を「部分構造合成法」に(技術文書ではこのように訳したり、略称として"BBA"を使ったりする例もあるが、前述のとおり、ここではそういう特殊な意味で使っているわけではない)という誤訳や不適切な訳以外に、「もしも、翻訳は早いが、編集は遅い(または編集が苦手な、または嫌いな)翻訳者なら、翻訳作業を外部委託した方が良い場合の好例となる」というミス(外部委託するのは編集作業のはず。翻訳作業まで委託したら、翻訳者には何もすることがなくなる)が致命的だった。似たような単語が出てくる文書を訳す際には、こういう見落としもよく起こるので、要注意。
28番 「自分の単語レートで・・・」の文章における意味の取り違い、「初期ドラフト請求レート」、「翻訳完成物を作りだすスピード」、「直接顧客に帰属する時間を費やし・・・」などのこなれていない日本語表現、理解しづらい文章(最後のパラグラフの「とはいうものの・・・」)、口語表現([どんなものであれ」)、が減点対象となった。
32番 誤訳は少なく("billable rate"を「実労時間給」、"spend"を「浪費すれば」に程度か)、訳漏れも見あたらず、とても丁寧に訳していたが、「翻訳作業の最初の下書き」、「クライアントから請けた仕事に直接的に帰する作業・・・」など、こなれていない表現が気になった。最初の方で、"building block approach"の訳はよかったと書いたが、その後の「翻訳者の生産性を導き出していく」はおかしい。細かいことだが、「音声認証ソフトウェア」(「認証」より「認識」の方が一般的)、「コンピューター*利用翻訳ツール」(「利用」より「支援」の方が一般的)も、よく調べてほしかった。
*「コンピューター」か、あるいは「コンピュータ」と長音記号を省略するかついては最近、ソフトウェア大手のマイクロソフトが表記ルールを変更して「コンピューター」とする方針を打ち出したが、まだIT業界には普及していないようである。
49番 最初に読んだときは、5作品のなかで一番読みやすいと感じたが、その後原文と比較して一文ずつ読むと、冗長さが目立った。「校正」、「校正作業」、「能力のある校正者」は他作品より工夫されていた。訳漏れ("ignoring any lifestyle impacts")や誤訳や不正確・不適切な訳*を細かく採点した結果、32番より少し高い、81番より少し低い点数となった。
* 「図式化」については、「式」はあるが「図」はないため。
「積み木アプローチ」は、一般には使われない(「積み木」アプローチとカッコでくくって説明する方法もあるが)。
"Productivity" を「生産率」と訳す例もなくはないが、「生産性」の方が一般的である。
「校正を経て翻訳をより磨かれたものにし、その結果あなたのワードあたりのレートを引き上げるためにも、校正者へ支払うレートはこの金額までは自分の身銭を切ることなく上げることが可能です」 は意味を取り違えている。また「自分の身銭」は使わなくもないが、これは類語反復(tautology)である。
81番 "$"のそのままの使用(「ドル」とせずに)、カタカナ語の多用(「クライアント」は定着しているにしても 「アウトソース」や「アウトプット」は、IT業界ではOKかもしれないが、他ではどうだろうか?) 誤訳や不正確・不適切な訳*、わかりにくい表現(「翻訳者には弁護士と同様に、直接クライアントのために使う時間・・・」)などが減点対象となったものの、総合点で32番と49番を上回った。略語(B/R/H/O)の処理の仕方も5作品のなかでは一番よく、最後の段落に出てくる "nexus"も正しく解釈できていたと思う("center" や"core"という意味)。
*「図式化」は、49番に同じ。
「翻訳に時間を取られるため」ではなく、その逆。
「経済学上正当化される」は、別に学問上そうなわけではない。
***
付記1 翻訳作業にとりかかる前に、似たような分野の日本語の文章をいくつか読んでおくとよいです。今回でしたら例えばこちら
付記2 翻訳について様々な視点から考えるには、こちらが参考となるでしょう。
石原ゆかり審査員
コンテスト参加者の皆さん、大変お疲れ様でした。また、1位に選出された81の方、おめでとうございます。
今回の課題はこれまでと異なり、プロの翻訳者によって書かれた、ずばり私たちが携わっている実務翻訳という仕事に関する文章でした。実務翻訳者はその仕事に対して何らかの報酬をもらうからこそ「プロ」と言える訳ですから、自らの仕事に対して受け取る報酬の内容を良く理解する必要があります。実務翻訳者が行う仕事には翻訳作業そのものだけでなく、他の翻訳者が行った翻訳に誤りがないかどうか見直したり、読みやすくするために推敲や校正したりすることもあります。また、フリーの場合は特に、報酬が語数や文字数を基準に決めることもあれば、作業時間数を基準に決めることもあります。さらに、こうした報酬の支払い基準は依頼主から提示されるだけでなく、翻訳者側の方から提示するように求められることもあります。つまり、プロとして効率的に仕事をしていくには、どのような仕事に対してどのような報酬が得られるのか細かく考えておく必要があるわけです。私たち審査員としては、この題材を選ぶにあたって、著者の意見に同意する、しないは別に、この文章を翻訳する過程でそうしたビジネスの部分に目を向けてもらえればという狙いもあったのです。
さて評価ですが、まず総評から述べます。最初にトップ3を決めたのですが、翻訳者が課題文の内容を理解できているかどうかが大きな分かれ目となりました。23、28の下位 2作品は率直に言って意味が良く分かりませんでした。おそらく翻訳者自身が原典の論旨をきちんと把握していないため、結果として翻訳文も読みづらいものになってしまったようです。
原典の論旨を理解するには、文章の課題以外の部分も読むことです。実務では何万語もの文書を数人の翻訳者に分けて翻訳することもあり、担当以外の部分に目を通す時間がない場合や、担当以外の部分を入手できないこともあるのですが、受け取った資料は翻訳の手がかりとなりますので、何でもできるだけ活用しましょう。また、原典の読解力を向上する、原典の関連分野を調べるなどの勉強はもちろんのこと、ざっと目を通す、「斜め読み」などの技術を使って原典を読むスピード自体を上げることも重要な訓練です。あるいは各段落の要点をメモするなどの作業も原典理解に役立つことでしょう。余談ですが、企業内などでは「ここに書いてあることの要点だけ教えて」と頼まれることもあります。依頼する側は翻訳者や通訳者がまるで機械のようにすぐに翻訳できると思っていることも多いので、すぐに要約できないと翻訳者として失格と思われてしまうこともあるわけです。特に新人のうち、原典が母国語でないなど、原典理解に自信がない場合は、要点を短期間で掴む訓練をしてみるとよいでしょう。
では、原典の論旨ですが、キーワードは「Edit」と「billable rate」です。翻訳業界では一般に、「Edit」は原文と付き合わせて翻訳文を見直す作業で「編集」を使い、「校正」は「Proof = 原文と比較せずに漢字ミスや文字抜けなどの体裁を見る作業」に使用することが多いようです。この課題文では母国語から非母国語に翻訳する際、その言語のネイティブ・スピーカーにチェックを頼むような場合などの意味合いが近いように思われますが、単に「編集」とせず、「チェック」、「推敲」、「添削」なども良いかもしれません。課題文の題になっている「billable rate」は、5作品とも「~able」の意味が出ていませんでした。「rate」は1 作品以外「レート」と訳されていましたが、日本語では意味が違うのではないでしょうか?文脈から「翻訳者が翻訳作業自体に対して受け取ることができる純翻訳単価」のような意味だと思いますが、かく言う私もぴったり来る訳が見つからないのでいずれも審査対象とはしませんでしたが、日本語として意味が通じる言葉に訳す努力が欲しかったです。
また、漢数字の使用、英数字の全角および日本語フォントの使用または不統一、スペースの有無などの不統一について一言。特にIT業界では企業ごとのスタイル指定があることが多いのでそれに従う必要がありますが、統一性が重要視される場合が多いので注意してください。一般に、漢数字は「一度」など、語句の一部である以外は横書きの文章には使用しません。英数字の全角・日本語フォント使用については、原典のファイルからのコピーが可能な場合、わざわざ入力し直すとタイプ・ミスが発生する恐れがあるので、その単語をそのままコピー&ペーストする方が正確で、作業効率も高いと思います。
それでは作品ごとの講評に移ります。
23は直訳や逐語訳 (例「この事実について…心理的に重要な利点がある」)、意味不明な表現(例「良い場合の好例」、「図れる場合には、特にそうである」) が多く、原典理解や文章力不足が感じられました。ビジネス文書などでは数値や数式が使われていることが多く、翻訳者自身が原典を理解していないと翻訳文が不正確、または意味不明となってしまいます。たとえ数学や経済に長けていなくても、フロー図を書いてみたり、要点に蛍光ペンを引いたり、メモしたりするなど、論理を掴む努力を心がけましょう。また、罫線が使われていたのは問題です。私は審査中、Wordの蛍光ペンを使いましたが、複数行に分かれていると蛍光ペンを一度に引けず、当初、罫線表示を切っていたので理由が分からなくて困りました。実務では翻訳後の工程に影響するため、日本語の文書として必要な場合 (手紙などで日付を右寄せに変更する、表の幅が狭いときに横書きを縦書きに変更する、など) 以外に原典で使用されていない書式を使用するのは厳禁です。たとえば、翻訳の納品後にインドのオフィスでレイアウトを整えて PDFファイルを制版するとします。原典にはないのに PDFには罫線が表示されてしまう場合、インドのDTPオペレータには理由が分からず、依頼主や翻訳者に問い合わせることになり、時差もあることから、1日、2日のロスが生じ、締め切りに影響することも容易に考えられます。翻訳者は後工程のことも考慮できた方が良いですし、報酬がもらえない作業に時間をかけるのはそれこそ非効率ですよね。
28も日本語の文章としては完成度が低く、原典の理解不足が感じられました。「を作ろうと思うが」など原典にはない意味の追加、不適切な用語(例、「総所得を押し下げるし」、「翻訳完成物」、「初期ドラフト請求レート」、「大雑把な最終請求レート」)、文法や語法の誤り(例「自分で編集作業をしない今や」)、などの問題がありました。原典でわざわざ「billable rate (BR)」とあるのに、翻訳文では「(BR)」が抜けているのは読者に対して不親切です。要旨は掴めているようなので、もう少し段落ごと、1文ごとに文章をよく読んで理解を深めるようにしましょう。
32は、論旨が良く理解されているようで、読みやすく、特に誤訳は見られませんでしたが、文章力、表現力および用語選択面で今一歩でした。「modeling」(「図式」はグラフなどのことで図がないと成り立たない)、「浪費」などの誤訳、文法や語法の誤り (例、「生産性を考察する」)、口語表現 (例、「下請けに出すべきである、「請求書を起こすので」) などがありました。「billable rate」は正しいかどうかは別にして、単に「rate = レート」とせずに文脈を考慮し、工夫して訳そうという試みは好感が持てました。企業のプレゼンテーションを訳す仕事があった場合、短い箇条書きの文が並んでいることがあります。意味や内容は口頭で説明するため、メモやコメントになっていてプレゼンテーションの参加者の目には触れないので、メモやコメント文を見て箇条書きの文を適切に表現する、ある種、コピー・ライター的な技術があると重宝がられます。今後の課題は、語句の意味は取れているのでそれを冗長的にならないように簡潔に表現できるように訓練すること、国語辞典などで正しい用法を確認し、口語表現を避けるようにすることでしょう。
49は、内容理解度、文章力共に高いのですが、用語選択および表現力の点で1位の81の方に軍配が上がってしまいました。「Edit」を 5作品の中で唯一「校正」と訳していましたが、これは文脈を考えての用語選択でしょうか?文脈により適切な用語を考える姿勢は高く評価したいです。問題箇所には、「Note that...」の省略、「積み木アプローチ」、「生産率」、「図式化」、「デスク用のイス」(「オフィス用」でもいいのでは?)、「ワード数」(業界用語。読者は翻訳者なので良いのかもしれませんが)、「片付く」、「計算式の裏にあるロジック」などがありました。このような誤訳やリサーチや工夫が不足していると思われる表現、文法や語法の誤り、口語表現、不明瞭な表現などがなくなるように推敲を重ねる努力をしてください。原典を読んでいない他の人に読んでもらうのも良いでしょう。また、特にカタカナ語など、年配の人に聞いて意味が分かるかどうか確認してみるのもアイデアです。また、「です・ます」調が使用されていましたが、たとえば取扱説明書のように読者が「客」のような場合には適切ですが、このような論文や報告書などの場合は読者に敬語表現を使用する必要がなく、かえって冗長的で読みづらい印象を与えます。減点対象にはしていませんが、こうした文脈に合わせて適切な文体を考慮するのも翻訳者に必要な技術の1つです。
81は原典の内容を一番良く理解している感じで、簡潔さを心がけてか、全体的に表現がこなれていて読みやすかった点から1位となりました。式の記述や、式内で使用している記号に英語の注釈を付け、英語が必ずしも分からない読者にとって分かりやすく表現しようという試みも見られました。残念な点は、「from taking time away...」の誤訳、「(=spend)」の省略、「納品できる状態」、「マイナス(プラス)の幅」などの不適切または不明瞭な表現があったことです。翻訳後、提出まで時間がある場合は、一度「寝かせて」見直すと「勘違い誤訳」を防ぐことができるでしょう。それから斜体の使用や「500語/時×$0.15=$75」は見づらかったです。個人的には「自分の」とするより「自身の」という表現の方がきれいな気がしました。今後は、さらに日本語を勉強し、英語に引きずられずに正しく翻訳できる努力を続け、「読者に優しい翻訳」を意識すると良いでしょう。
前回以上に講評文が長くなってしまいましたが、プロの翻訳者を目指す方にとって少しでも何か参考になれば幸いです。
千桝靖審査員
今回のコンテストに応募された皆様、本当にお疲れ様でした。
最初に申し上げておきますが(批評する前には相応しくないかもしれませんが)、自分の翻訳に対する批評/称賛/コメント/悪口等は、「いい意味で話半分」に聞くようにしてください。これから長い翻訳人生、同じように訳しているつもりでも、絶賛されることもあれば、こき下ろされることもあるかと思います。また、翻訳する側も、どんなコンテンツでも常に同じ品質で翻訳することは、不可能に近い離れ業です。ですから、今回入選された方は、「翻訳?…ちょろいな」と思わずに、半分は素直に喜んで今後の励みにして頂ければよいと思いますが、半分は応募前の不安な気持ちを忘れずに、さらに努力して頂きたいと思います。一方、今回残念ながら落選された方も、半分は批評をよく読んで素直にどこが悪かったのかを見直して、今後のために謙虚に反省して頂きたいと思いますが、立ち直れないほど深刻に捉える必要はありません。「違う審査員なら、評価も変わっていたかもしれない」ぐらいにどんと構えて、落ち込む暇があったら、さっさと立ち直って次回の翻訳のための勉強に励んでください。要は、どんな評価を受けてもそれを次の翻訳に活かせる「大人の」翻訳者になってください。
評価には減点制を採用しています。その理由は、減点制が実務翻訳の評価の主流であると思われること、ならびに加点法は、どうしても客観性が低くなると考えるからです。誤訳、ワードチョイス、訳漏れ、スタイルなどの問題個所について、深刻さの度合いに応じて-0.5、-1、-2、-3、-4、-5点のいずれかの点を減点し、減点合計の少ない翻訳を1位としました。
さて、今年のお題は、ずばり、翻訳者の「お金/Money/マネー」のお話でした。昨年の応募者の皆さんは、文体についてかなりリサーチしておられたようですが、今年はどんな文体にすべきかについてとまどいがあったようです。「マネー!」についてとはいえ、読み物としても読みやすくしようという著者の工夫(←これを訳出するのが難しいですね)は容易に読み取れますので、投資信託の交付目論見書のような文体では退屈すぎます。かといって、ライザ・ミネリ&ジョエル・グレイ風(古っ!)では、行き過ぎです。このあたりまでは、皆さん見当をつけておられたようですが、実際参考になるような文章を見つけられなかったのか、全体のぎこちなさ、統一感のなさが昨年より強く感じられました。また、文体以外でも日本語の問題が目につきました。以下、個別にコメントさせて頂きます。
23番
一行毎に罫線を引いた表の中に翻訳文を入れた書式は、WORDでの翻訳の提出方法として不適切です。翻訳依頼先から特に指定がなくとも、常識的に考えられる翻訳の後工程(校正・編集やPDF・XML・FrameMakerなどへの変換など)を容易にするできるだけシンプルな書式を心がけることが必要です。全体的にぎこちなさが目立ち、「解析」「生産量」「この事実」「この草稿」「最終の単語数」「同額の」など解りづらいワードチョイスが多く見られます。キーワードである「支払レート」や「翻訳作業を」の誤訳も大きな減点対象です。「前記のBR方程式に・・・を差し引いておく」は、結果は原文と同じになるとはいえ、ロジックが原文と逆です。意訳に走らず、原文を(意味だけでなく、論理展開、コノテーション、リズムなども)尊重するという翻訳の基本姿勢を確立させて頂きたいと思います。コロンが2か所放置されているのも気になりました。今後は、日本語の文章力向上にも努力してください。
28番
残念なのは、意味がわかりづらい表現が多いことです。「翻訳の周辺活動」「金銭の観点から」「初期ドラフト請求レート」などは、通常の日本語では呼応しない言葉を組み合わせているために、また「編集作業をしない今や」「翻訳物」などは言葉の用法がずれているために意味が伝わりません。「できると思うごとに」は、修正漏れでしょうか。今後お勧めしたいのは、翻訳仲間とお互いの翻訳をチェックすることです。これを重ねることで、独りよがりの表現を矯正できると思います。表現力の問題として、冒頭の「・・・と思うが、・・・から話を始めよう。」は唐突すぎます。簡潔さを狙ったのは理解できますが、もう少し工夫が必要です。「自分の単語レートで」は誤訳です。他の翻訳を見て正解を検討してください。
32番
大きな減点はありませんが、細かい部分で詰めの甘いところが多く見られたのがもったいない翻訳です。「いくら」「何単語」「きれい」などのレジスターの低い言い回し、「~だが、一方」「最初の下書き」などの冗長な表現、「導き出していく」「実労時間給(BR)」「帰する」「損失なしで」「浪費すれば」「有利な」などの不適切表現がありました。「決めるのか」の最後の助詞「を」を省略するのは、この場合は適切ではないでしょう。「コンピューター利用」は、リサーチ不足の印象を与えてしまいます。英日実務翻訳には「定訳」が多数存在します。それを正当な理由なく無視することは大変危険です。木を見て森を見ずという言葉がありますが、32番については、森はおおよそ見えているので、見直しプロセスを強化して、もう少し木の方も見て欲しかったという印象です。
49番
唯一の「ですます調」ですが、やはりその影響か細かい減点が多く、32番と同じく、見直しプロセスを強化して細かい表現にも注意してください。訳漏れが大小1つずつありました。大は「ignoring any lifestyle impacts」、小は、「just」です。この「just」はしっかり意味があるので、誤訳とも言えます。訳漏れは、翻訳を見直していないと見なされるので、誤訳以上に悪い印象を与えます。私がチェッカーをしていたとき、1ページ目で誤訳が3つあっても2ページ目に進みますが、訳漏れが3つあったら、翻訳会社に送り返していました。その他、問題表現を列挙しておきます。「積み木アプローチ」「生産率」「図式化(図はないですよね)」「変動要素」「項目」「草稿」「加えなければならない」「検討手順」「こうです」「身銭を切る」「食ってしまう」「負の影響」「デスク用の」
81番
致命的な誤訳「翻訳に時間を取られるため」に加えて、致命的ではないものの明らかな誤訳「経済学上」があるにもかかわらず、一位になった要因は、日本語表現での減点件数が少なかった、または減点が軽かったためです。このことからも、翻訳後に見直し作業を行って細かい問題を訂正することが、いかに大切かがおわかり頂けると思います。気になった表現としてあげておきたいのは「図式化」、「アウトプット」、「アウトソース」。IT翻訳、技術翻訳では「アウトプット」でOKの場合が多いですが、それ以外では、まだ注意が必要です。「アウトソース」は、名詞ならぎりぎりOKかもしれませんが、動詞「アウトソースする」はレジスターが下がってしまいます。また、「just」が訳出できていませんでした。
読ませて頂いた翻訳には、優れた点、部分的な名訳もありましたが、スペースの関係で割愛しています。すいませんでした。皆様、これからも頑張ってください。