最終候補作品 英日




最終審査に進んだ6作品です(#21, #24, #29, #35, #38, #61)。

応募番号21番

事業の合併・売却価値を下げないために:ダイムラー・クライスラーの失敗から分かること
グレッグ・カルーソ

ダイムラー・ベンツが370億ドルでクライスラーを買収し、対等合併を行うことが報じられたのは1997年の真夏のことだった。それから10年が経とうとしている今、ダイムラー・クライスラーはクライスラー株の80%を売却しようとしており、売却額は74億ドルと報じられている。事業の価値が300億ドルも下がっただけでも明らかな損失であるというのに、買い主であるサーベラスから支払われる74億ドルも全てクライスラー側の取り分となる見込みで、ダイムラーには何の実入りもないようだ。なぜこのようなことが起こったのだろうか? 私たち自身が事業の売却や合併を計画したり、事業の価格を設定する際に、この出来事から得られる教訓とは何だろう?

事業の合併・売却を行う際に重要なのは、売却益ではなく、そのことが事業にもたらす利益である

ダイムラーによる買収が行われた当時、クライスラーは610億ドルという記録的な収益を計上し、純利益は28億ドルであった。収益・利益は共に急速な伸びを示し、消費者の興味をそそる新たな製品ラインは購買層の熱烈な歓迎を受けていた。そこからはじき出された予想キャッシュフローでは、買収額はカバー可能なものと思われた。

一方2007年現在のクライスラーは620億ドルの収益と同時に15億ドルの赤字を出しており、成長は見込めず、現在のキャッシュフローでは資金調達のあてもない。ここで再確認できるのは、キャッシュフローが今も変わらず事業の価値を測る基準となっていることである。事業の価値を高め、なるべく高額で合併・売却を行いたければ、準備期間の間にできる限りキャッシュフローを増やしておくことだ。

売却・合併時のビジネスサイクルの重要性

ダイムラーがクライスラーを買収した当時は、自動車産業全体が何年も連続して記録的な成績を出しており、米三大自動車メーカーはどこも飛ぶような勢いで車が売れている状態だった。製造コストは引き下げられ、クライスラーも低価格車を扱うメーカーとなっていた。

当時と比較すると、過剰設備や差し迫ったレイオフ、高額の医療費や年金負担から来る競争力不足が報じられる現在の自動車産業は弱体化している。もうお分かりだと思うが、産業全体の景気の上り下がりのサイクルも、事業の売却価格に関わって来るのだ。売るなら好景気のうちである。好景気は事業の買い手となる人々に買収のための資金をもたらし、売り手には売却による利益をもたらす。

売りのタイミングー余裕のなさは買い叩かれるもと

クライスラーが売却される可能性があると報じられた段階で、ダイムラーが叩き売りをしようとしているのは誰の目にも明らかだった。買い手からしたら願ってもない状況だが、売り手の立場で交渉の場に臨むならば非常に厳しい状況である。事業が岐路に立たされ、選択の余地がなくなってから売却するのでは遅い。売却や合併に乗り出すタイミングが遅れると、ハゲタカの餌食になるだけである。

合併を目指すなら、自らの事業のコアとなる強みを手放さないこと

ダイムラーがクライスラーを買収した当時、クライスラーには3年かそれ以下のスパンで新車を発表することが可能な新しいデザインセンターが出来上がっていた。クライスラーがスタイリッシュで購買欲をそそる車で勝負することができたのはこのためである。しかし利益を吸い上げることに力を入れたダイムラーは2006年まで3年間新車を発表せず、デザインチームの牽引力を無にしてしまった。人々がクライスラーの車を選んだのは価格が手頃なためで、丈夫で長持ちするからではない。それなのにニューモデルも出さないのでは、一体何を売りにすると言うのだろう?

自社のブランドを守るべし

ブランドとしてのクライスラーの力には異議を唱える人もいるかも知れないが、ジープというブランドの持つ力を本気で疑う人はいないだろう。かつてはジープといえばマルボロマンに並ぶほどのアメリカの伝説であったが、ダイムラーはジープのセールスポイントである“アメリカの荒れ地を駆け抜ける4WD体験”においてハマーに王座を譲ってしまった。ダイムラーがようやくハマーと競合する新車を発表したのは2007年ー折悪しく直後にガソリン価格が急騰した。自社のブランドとそのブランド独自の価値は常に守っておかなくてはならない。

クライスラーはミニバンの産みの親であり、今でも良いミニバンを何種類か製造している。しかしクロスオーバーSUVやSUVとミニバンのミックスといったものが登場した今、どこにクライスラーの競争の余地が残されているだろう? 再び気になるのは、デザインセンターが一体どうなってしまったのかということである。

才能は事業の要、流出させることなかれ

効率重視の名目のもと、ダイムラーはクライスラーがヒットを産み出して来た従来のやり方を継続させようとしなかった。合併は当初は対等合併という触込みだったが、すぐにダイムラーの立場が上であることが明白になった。何と言おうと、ダイムラーは買い手だったということである。しかしそこまでして買った才能を追い出すようなことをして、一体何の意味があるのだろう。事業の売却価格や合併価値を下げたくなかったら、チームの鍵となる人材は常に自分の元に引き留めておくべきである。たとえそのせいで利益の独り占めができなくてもだ。クライスラーが90年代に奇跡の復活を遂げたことから見ても、チームの中にビジョンを持った人間が存在していたのは間違いない。最高の人材を手放したり、ましてや彼らを追いやって自分の競争相手にしてしまうのは致命的な間違いである。

事業の価値についてのまとめ

こうなった今振り返ってみれば、ダイムラーが思いつく限りのミスを犯し、それによって支配下にあったクライスラーの価値を台無しにしてしまったことは間違いない。クライスラーらしさをなくしたクライスラーは、収益性を失ってしまった。デザインの切れ味とスピードを失った時、手頃な車を提供するメーカーというポジションも失ってしまい、鍵となるジープというブランドについても、変化するトレンドに対応しなかったことでその価値のほとんどを失ってしまったのだ。こうしたことに他のミスも積み重なり、記録的な利益を上げていたクライスラーは巨額の赤字を出すようになってしまった。ダイムラーは好景気の時にクライスラーを買い、不景気の時に手放した。さらに付け加えるなら、ダイムラーは売り急ぐあまり十分な交渉の時間すらマーケットに与えなかった。私たちが事業の売却や合併を考える際には、このようなミスを犯すことは避けるべきである。

事業の売却や合併によって最大の利益を手にしたければ、事業の利益が増えているか、ビジネスサイクルがどうなっているか、適切なプロセスを踏んでいるか、以上三点を十分確認すべきである。

応募番号24番

事業合併・売却価値を守れ:ダイムラー・クライスラーの失敗に学ぶ
グレッグ・カルーソ

1997年夏の最中、ダイムラー・ベンツは370億ドルでクライスラーを購入、対等合併を発表した。その後約10年弱たった今、ダイムラー・クライスラーはクライスラー部門の株式80%を74億ドルで売却することを発表。まるで300億ドルという事業価値の損失では足りないかのように、買収先サーベラスにより支払われている購入価格全額は、どうやらダイムラーにではなく、クライスラーに保有される予定だ。これはどのようにして起きたのか、そして民間事業の売却、合併、評価を計画する際の教訓とは何なのか?

事業合併・売却の際は売上高ではなく、営業利益を

ダイムラーがクライスラーを購入した時、クライスラーは610億ドルという記録的な売上高と28億ドルという純利益を打ち出していた。売上高と利益は急激に成長していた。活気に満ちた新製品ラインは市場に熱く受け入れられていた。結果、予想されたキャッシュフローで購入費用がまかなえただろう。

2007年現在、クライスラーの売上高は620億ドル、損失は15億ドルで、成長する計画もなければ資金繰りに当てるキャッシュフローも現在ない。これにより、キャッシュフローが従来から企業における事業価値のベースであるということが今一度証明されている。事業価値と合併売却価格を上げるには、その下準備と売却期間中にキャッシュフローを最大にすること。

売却・合併時のビジネスサイクルの重要性

ダイムラーがクライスラーを購入した時、自動車産業は全体的に記録的な時期にあった。アメリカの自動車メーカー三社の車は飛ぶように売れていた。値段も下がり、クライスラーも安い値段で提供していた。

それに比べ、報道されている過剰な生産能力や今にも起こりそうなレイオフ、医療費や年金負担でなくなった競争力から見える今の業界の弱さとは…。やはり、産業全体のサイクルは事業売却時の価格設定で重要となる。上昇サイクルで売却すること。上昇サイクルは買収候補先に事業を購入するキャッシュをもたらし、事業側へは売却利益をもたらす。

売却期間:必要に迫られてからでは価格は上がらない

クライスラーが売却されるかもしれないという報道が街に流れた時、ダイムラーが大安売りをしているのは明らかだった。買い手にとっては好都合で、売り手は非常に厳しい交渉の立場に立たされた。ビジネスのことが分からない人でさえ「売却しなくてはならない」と分かってしまうまで待たないこと。事業売却や合併プロセスの開始をあまり長く待ち過ぎると、底値を狙った者たちが勝つことになる。

合併を考慮する際は自社の核となる強さを維持すること

ダイムラーがクライスラーを購入した時、新しい設計センターが完成しており、クライスラーは3年以内で市場に車を出すことが出来た。これにより、クライスラーはおしゃれな活気に満ちた車で競争することが出来た。ダイムラーは利益を搾り出そうと、2006年以前の3年間、新車を出すことはなく、このデザインのリーダー的地位を崩壊させた。人々はずっと長持ちするからという理由ではなく、手ごろに買えるスタイルだからという理由でクライスラーを購入していた。では新しいモデルがなくなった時、何が残ったのか?

ブランドを守れ

クライスラーのブランド価値を疑問に思う人はいるかもしれないが、ジープの価値を真剣に疑問に思える人はいない。ジープはアメリカの神秘的な存在、マルボロ・マンにとても近いものがあった。しかし、ダイムラーはジープが称賛されていた「四駆でアメリカの悪道走行といったらジープ」という地位をハマーに明け渡してしまった。2007年、ガソリン価格急騰の最中、ダイムラーはようやくハマーの競合モデルを売り出した。常に自社ブランドとそのブランドの持つ価値を守ること。

クライスラーはミニバンを開発した。クライスラーのミニバンには非常に良いものもまだある。しかし、SUVとミニバンが重なり混在する時代に、クライスラーが参入できる場所はどこだろうか?設計所はまた、どうなったのか?

有能社員を手放すな。有能社員は大切な商売道具である

効率の名のもと、ダイムラーはクライスラーに舞踏会まで続く踊りを踊り続けさせなかった。当初、対等結婚と言われた合併では、対等優位にあるのはダイムラーであるという事はすぐに明らかになった。結局、ダイムラーが買い手だったのだ。しかし、なぜ多額の金額を支払った有能社員を追い出してしまうのか?売却価格や合併価値を最大にしたいのなら、自分の報酬を分けてでも重要な人材は自分のチームに常にキープすること。90年代のクライスラーの死からの復活では、そこにいた誰かが自分たちの行っている事を明確に理解していた。一番の人材を失う、又は最悪、競合に向かせてしまうのは致命的なミスである。

事業価値に関する最終的な考え

今あらためて考えてみると、結果、ダイムラーが子会社クライスラーの価値を崩壊させるありとあらゆる間違いを犯したのは明らかだ。クライスラーはクライスラーであることをやめた為に、採算性を失った。クライスラーは先端を行くデザインと設計のスピードを失った時、手ごろに買えるスタイルという地位を失った。変化する流行について行かなかったことで、クライスラーは主要ジープブランドの価値の多くを失った。こういった、そしてその他いろいろな間違いがクライスラーを記録的利益から巨額の損失へと導いた。ダイムラーは市場の上昇サイクルで購入し、下降サイクルで売却した。最後の侮辱として、ダイムラーは市場で取引が交渉されるのに十分な時間すら許さなかった。民間事業の売却・合併を考慮する際はこういった間違いを避けること。

事業の売却・合併で利益を最大に得るには、自社の利益が増えていて、ビジネスサイクルに乗っており、適切な合併や売却プロセスを踏んでいるよう、確実にすることである。

応募番号29番

事業の統合や売却の価値を守れ~ダイムラー・クライスラーの失敗からの教訓
グレッグ・カルーソー

1997年の夏の盛り、報道によれば対等な事業統合として、ダイムラー・ベンツはクライスラーを370億ドルで買収した。現在、10年も経たない中に、ダイムラー・クライスラーはクライスラーを売却しようとしている。報道によれば、クイスラーの80%を74億ドルで、とのことだ。
300億ドルの事業価値の損失はそれ程大きくないとしても、買収者のサーベラスが支払う購入額の全額は、どうやらダイムラーのものにはならず、クライスラーに割り当てられるようだ。なぜこのようなことが起きたのか、そして私有事業の売却、統合また査定を計画する際にどんな教訓が得られるのか。

事業の統合や売却をする際は、売上高ではなく営業利益

ダイムラーがクライスラーを買収した当時は、クライスラーの収入は記録的な610億ドル、純利益は28億ドルだった。収入と利益は急速に拡大していた。市場は刺激的な新製品群を熱狂的に受け入れていた。結果として見込まれたキャッシュ・フローによって、買収の採算は取れるはずだった。

現在、2007年では、クライスラーの収入は620億ドル、損失は15億ドルだ。成長の見込みはなく、現在、資金調達のためのキャッシュ・フローもない。このことは、キャッシュ・フローが従来型企業の事業価値の基礎であることを再度、証明している。事業価値および事業統合時の売却額を上げるためには、準備段階と売却時期を通じてキャッシュ・フローを最大化しなければならない。

売却や統合の際の事業サイクルの重要性

ダイムラーがクライスラーを買収した当時は、自動車業界全体が記録的な年月を経験していた。アメリカ3大自動車メーカーの車は飛ぶように売れていた。クライスラーが低コストメーカーだというところまでコストは引き下がっていた。

この状況を現在の業界の弱点と比較しなければならない。過剰生産設備、差し迫るレイオフ、そして医療費と退職手当による競争力のなさという報告を伴う弱点だ。そう、業界全体のサイクルが事業売却の際の価格付けにとってまさに重要なのだ。売却は上昇サイクル時にしなければならない。上昇サイクルは潜在的買収者に事業買収の資金をもたらし、そして上昇サイクルは事業に、売却されるための利益をもたらすのだ。

売却時期~死に物狂いになっても価格は上がらない

クライスラー売却の可能性があるという報道が流れた際、ダイムラーが投売りをしていたのは明らかだった。買収側には素晴らしいが、売却側には非常に厳しい交渉の立場だった。「ビジネスに疎い人」でさえ売却しなければならないと分るまで待っていてはいけない。事業売却や統合過程の開始まで長く待ちすぎると、他人の不幸を食い物にする輩が勝ちを収めることになる。

合併を目指す際には、中核である強みを維持せよ

ダイムラーがクライスラーを買収した当時は、新しいデザイン・センターが完成しており、クライスラーは3年以内に車を市場に投入することが可能だった。このセンターによりクライスラーは、格好良く刺激的な車と競合することが可能だった。ダイムラーは利益を引き出すための取り組みとして2006年に先立つ3年間は新車を投入しなかったため、このデザインの牽引役としての立場は失墜してしまった。人々がクライスラー車を購入するのは手頃なスタイルのためであって、ずっと持続するからではなかったのだ。では新モデルがなくなったら何が残ったのか。

ブランドを守れ

クライスラーのブランド価値に疑問を抱く人はいるかもしれないが、本気でジープの価値を疑う人はいない。アメリカの神秘性という意味では、ジープはマルボロマンに非常に近かったのだ。しかしダイムラーはジープの、「アメリカの悪路での4輪駆動体験」と評価された立場をハマーに譲り渡してしまった。ダイムラーは2007年になってようやく、ハマーの競合車を投入した。ガソリン価格急騰の最中に、である。常にブランドとブランド固有の価値を守らなければならない。

クライスラーはミニバンを発明した。クライスラーにはまだ非常に優れたミニバンがいくつかある。だがSUVやミニバンの「クロスオーバー」や混合タイプの盛んな時に、どこにクライスラーの入っていく余地があるのか。またしてもデザインスタジオには何が起ったのか。

人材を維持せよ、人材こそ事業だ

効率性という名のもとに、ダイムラーはクライスラーを舞踏会へと導いたダンスを、クライスラーに踊り続けさせなかった。当初は対等な連合と宣伝された統合で、優位な立場にいるのはダイムラーであることがすぐさま明らかになった。結局、ダイムラーが買収者だったのだ。しかし、なぜ多額を費やした人材を追い払うのか。売却や統合の価値を最大化したいのなら、たとえ報酬を分け合わなければならないとしても、大事な人材は常にチームに留めなければならない。
1990年代にクライスラーが死から再生したことに基づけば、同社には自分達のしていることを明確に理解していた人材がいた。最良の人材を手放したり、さらに悪いことに彼らが競争相手に頼らざるを得なくさせたりすることは、致命的な間違いである。

事業価値についての最終的な考え

後知恵の強みを生かしてみると、ダイムラーが、起しうるほぼあらゆる間違いを犯してきたために子会社クライスラーの価値を失墜させたことは明らかだ。クライスラーが収益性を失ったのは、クライスラーであることを止めたからだ。クライスラーはデザインの優位性とデザインの速さを失ったときに、手頃なスタイルという立場を失った。変化する情勢についていかなかったため、主要なジープ・ブランドの価値を大幅に下げた。これらの、そして他の多くの間違いによって、クライスラーは記録的な利益から巨大な損失に移行した。ダイムラーは上昇サイクルで買収し、下降サイクルで売却した。最後の侮辱だが、ダイムラーは市場に対して取引交渉のための妥当な時間を与えることすらしなかった。私有事業の売却や統合を目指す際は、これらの間違いを犯してはいけない。

事業の売却や統合の際に最大の収益を得るためには、利益が拡大しているか、事業サイクルに合わせているか、そして適切な統合と売却の過程に沿っているか、確認しなければならない。

応募番号35番

売却・合併による企業価値維持のために:ダイムラークライスラー社の失敗に学ぶ

独ダイムラーベンツ社が米クライスラー社を推定370億ドルで対等合併したのは1997年の夏の最中のこと。それから10年も経たない今、同社は推定74億ドルでクライスラー部門の株式80%を売却する考えだ。ダイムラー社は300億ドルにのぼる企業資産の損失を被るばかりか、投資会社サーベラス・キャピタル・マネジメント社への売却額すべてがクライスラーの手に渡ってしまうという最悪の自体に見舞われることになる。ダイムラー社はなぜこのような状況に陥ってしまったのだろうか。この事例から、事業売却・合併または資産評価を行うにあたって注意すべき点を考えてみたい。

売却・合併の際は売上総額よりも営業利益に着目
ダイムラー社がクライスラーを買収した当時、クライスラー社は610億ドルの売上と28億円の純益という記録的な業績を誇っていた。斬新な新型車のラインナップは熱狂的にマーケットに受け入れられ、売上・利益ともに急速な伸びを見せた。好調な業績をふまえたキャッシュフロー試算では、買収にかかった資金は十分回収できるだろうとの見通しだった。
しかし、2007年現在、クライスラー社は売上高620億ドルこそあれ、投資への資金繰りにも窮し今後の成長の見通しも立たたず、結果15億ドルの営業損益赤字に見舞われている。キャッシュフローが本来の企業事業価値の根幹を成すことを今いちど肝に銘じよう。企業価値および事業の合併・売却価格を高めるためには、交渉を始める前および交渉期間中にキャッシュフローを最大限にまで向上させておくことが大切だ。

景気変動を見定める
クライスラーの買収が行われた年は、記録的な好景気に自動車業界全体が沸いた時期でもあった。アメリカの三大自動車メーカー(ゼネラル・モーターズ、フォードモーター、クライスラー)の勢いはすさまじく、特にクライスラーはコスト削減においてもっとも大きな成功を収めた。
対して今日の自動車産業はというと、超過生産、差し迫ったリストラ、福利厚生と退職金にかかるコストなどが影響し、業界は不振にあえいでいる。業界全体の機運が企業売却時の価格算出に大きな影響を与えるのだ。好景気には企業は他事業を買収するだけの資金があるため、被買収企業の利益も高くなる。景気の変動に注意して売却を進めよう。

売却時期の鋭い見極めが利益増大のカギ
クライスラー売却の噂が世間に広まった時、ダイムラー社が破格の安値で同部門を売りに出すことは誰の目にも明らかだった。これは買収先の企業には願ってもないことだが、売却するダイムラー側にとっては苦しい交渉を強いられることになる。「格下企業」にすら売却に賛同されるようになればもう遅い。事業売却や合併の決定を出すのに躊躇しすぎると、条件の悪い相手を買収先として選ばなければならなくなる。

双方の主力分野を残した合併を
クライスラー車が他社のスタイリッシュカーと市場で競合できたのはその高いデザイン性によるところが大きい。クライスラー売却の年に完成した新デザインセンターにより、同社は向こう約3年以内にわたって新型車を発表することが可能だった。しかし一方で買収元ダイムラーは利益を搾り取ろうと必死になるあまり、2006年まで新車を売り出すこともなく、デザインカー分野での先駆者的立場を自ら失ってしまった。消費者はスタイリッシュなデザインに惹かれてクライスラーを選んでいたのであって、車の耐久年数などは重視していない。新車が販売されなければ市場からそっぽを向かれるだけだ。

ブランド価値を守れ
クライスラー自体のブランド価値はともかく、ジープのそれに疑いを持つ人はいない。ジープはかのマルボロマンの車として、古きよきアメリカ神話と密接に結びついているからだ。それにも関わらず、ダイムラーは「オフロード仕様四輪駆動アメリカ車」という、これまでジープが担っていた輝かしい看板をゼネラル・モーターズ社ブランドのハマーに明け渡してしまった。2007年になってようやくダイムラー社はハマーの競合車となる製品を市場に出したが、それは運悪くもガソリン価格の急騰した時期の只中だった。
ミニバンの開発メーカーとして、クライスラーは今も質のいいミニバンをいくつか出している。しかし、SUV とミニバンのクロスオーバーや融合が進む今、差別化を図るためにも前述のデザインスタジオを活用しない手はないはずだ。ブランドネームおよびブランド固有の価値を守り続けることを忘れてはならない。

優秀な人材はそのまま生かす
クライスラーの買収は対等合併という名目上でなされたが、支配権を握っているのはダイムラーだということはすぐに明らかになり、事業の効率化を目指したダイムラー社は、クライスラー部門が抱えた人材の実力を発揮させることなく終わった。しかし、大金をはたいて手にした会社の優秀なブレーンをわざわざ排除する理由がどこにあろう。合併・売却価値を最大限に高めるには、たとえ相手企業との利益分配が条件であったとしても、優れた人材は会社にキープしておくべきである。1990年代の瀕死からの復活を考えれば、間違いなくクライスラー社には能力のある社員がいたはずだ。有能な人材を失うのは企業にとって致命的なミスであり、最悪の場合、競合他社に彼らを引き渡すことにもなりかねない。

おわりに:事業価値維持のために
振り返ってみると、ダイムラー社は考えられる限りのあらゆる間違いを犯し、子会社としてのクライスラーの企業価値を損ねたことがわかる。クライスラーはクライスラーでなくなった時にその収益性を失い、先端的なデザイン性とコンスタントな新型車開発を止めた時に、スタイリッシュカーブランドとしての地位を失った。さらには、変化する市場のトレンドから距離を置いたことで、主力商品のジープがこれまで誇っていたブランド価値をもまた失った。これらを始めとする多くの過ちが、高い収益を記録したクライスラー部門を巨額の損失へと陥れたのである。加えて、ダイムラー社はクライスラー部門を市場の好景気時期に買収し、不況時に売却。極め付けには、同社は売却交渉に十分な時間をかけなかった。私事業の売却や合併を考える際は、このような過ちは避けることだ。
利益率の増加、ビジネスサイクルにそった事業展開、そして適切なプロセスを踏んだ交渉を心がけることにより、事業売却または合併で大きな利益を手にすることが可能になるのである。

応募番号38番

企業の合併・売却価値を守れ:ダイムラー・クライスラー崩壊の教訓
グレッグ・カルソー(著)

1997年の盛夏、ダイムラー・ベンツは370億ドルで、いわゆる対等合併によってクライスラーを買収した。それから10年も経ていない2007年、ダイムラー・クライスラーはクライスラー株の80%を74億ドルで売却しようとしている。企業価値における300億ドルは深刻な損失ではないにしろ、実際は、買収側であるサーベラスが支払う全買収金はクライスラー側に投資され、ダイムラーの手元には残らないことになる。今回の出来事はどの様な経緯をたどったのか、そして、未公開企業の売却または合併、評価を試みる際の教訓は何だろうか。

企業の合併・売却時に重要なのは、売上高ではなく、営業利益

ダイムラーがクライスラーを買収した当時、クライスラーの売上高は記録的な610億ドル、純利益は28億ドルだった。売上高と営業利益は急成長を遂げていたのである。新たな生産品目の積極的な導入を、市場は熱狂をもって受け入れた。結果的に予想されるキャッシュフローがこの買収の埋め合せとなるはずだった。

しかし、2007年の今年、クライスラーの売上高は620億ドル、営業利益は15億ドルの損失であり、増益の見込みも財務活動のための当座のキャッシュフローも持ち合わせていない。このことが改めて示すのは、キャッシュフローが従来型企業の企業価値の基本であるということだ。企業価値を高め合併時の売却価格を上げるには、合併の準備・売却期間にキャッシュフローを最大にすることである。

売却・合併における景気サイクルの重要性

ダイムラーによるクライスラー買収当時、自動車産業全体が記録的な活況を経験していた。米3大自動車メーカーは売りに売った。コストは押し下げられ、クライスラーも低コストでの生産が可能だった。

この状況を今日の産業が抱える脆弱性と比較してみるとよい。過剰生産、待ったなしの一時解雇、そして医療費・退職金費用による競争力の欠如という状況が報告されている。そう、売却に当たり企業の価格を決定する際には、産業全体のサイクルが重要なのである。サイクルの上昇期に売却することだ。サイクルの上昇期には、買収を試みる側は買収のための資金を、一方、売却を試みる企業は売却のための利益を得るのである。

売却のタイミング―不況期に価格上昇は望めない

クライスラー売却の可能性が発表された当時、ダイムラーが処分特売しようとしていることは明らかだった。買収側には朗報だが、このことは、売却側が交渉に際して非常に厳しい立場を強いられることを意味する。「企業が窮地にある」ために売却を強いられる、それまで静観しているようではだめだ。企業売却・合併の手続き開始までの時間を浪費すると、利己的な日和見主義者に得をさせてしまうだろう。

合併を試みるなら、核となる強みを失うな

ダイムラーによるクライスラーの買収当時、新たな設計センターの完成により、クライスラーは3年以内に自動車を市場に投入できる態勢だった。これによりクライスラーは、スタイリッシュで刺激的な自動車に太刀打ちできた。しかしながら、ダイムラーは利益を捻出しようとし、2006年までの3年間、新車を投入しなかった。それにより、設計における主導的地位を台無しにしてしまったのである。消費者は永遠の耐久性ではなく、手頃なスタイルに魅かれてクライスラー製品を購入していたのである。そうならば、新たなモデルがない状況で、残された強みは何もないであろう。

ブランドを守れ

クライスラーのブランド価値に疑問を呈する者はいるかも知れないが、ジープの価値に本気で異議を唱えられる者はいないだろう。ジープはアメリカ的神話におけるマルボロマンのような存在なのである。しかしダイムラーは、「アメリカの荒野で培った4輪駆動車の実績」というジープに寄せられていた讃辞を、ハマーに譲り渡してしまった。2007年になってようやく、ダイムラーはハマーの競合車を投入した。ガソリン価格が高騰に向かうその時に。ブランドとそれに付随する価値は常に守らなくてはいけないのである。

ミニバンを考案したのはクライスラーであり、クライスラーのミニバンには非常に高性能なものがいまだにある。しかし、「クロスオーバー車」、つまりSUV(スポーツ用多目的車)とミニバンの混合型がもてはやされる今日、クライスラーが市場に参入できる余地はないであろう。繰り返すが、設計部門に何が起きたのか。

人材をつなぎ留めろ、人材が企業である

効率という名のもとに、ダイムラーは、クライスラーが魅力的に映っていたときのやり方を続けさせてはくれなかった。対等結婚と当初称された合併も、ダイムラーが傲慢な配偶者であることが間もなく露見した。結局、ダイムラーは買収者だったのである。しかし何ゆえ大きな対価を払って得た人材を流出させてしまうのだろうか。報酬の一部を分け合わなくてはならないにせよ、売却・合併の価値を最大限にしたいのなら、中核的な人材をチーム内につなぎ留めなくてはならないのだ。1990年代の瀕死の状態からのクライスラーの復活劇を基に、当時の状況を明確に把握している者たちがクライスラー内にはいた。最良の人材を失うのは致命的な誤りであるし、さらに悪いことは、競合相手への転身をそうした人材に強いることである。

企業価値についてのまとめ

結果論になるが、ダイムラーは思いつくほとんど全ての誤りを犯し、それによりクライスラーの価値を棄損した。クライスラーはクライスラーであることを止めたために、収益力を失った。設計における優位性と即応性を失ったときに、クライスラーは手頃なスタイルという地位を失った。移ろいゆくトレンドを追求しなかったために、核となるジープのブランド価値を大幅に失った。これら、その他の多くの誤りを犯し、クライスラーは記録的な収益を得ていた状況から莫大な損失を被るところまで失墜したのだ。ダイムラーは市場サイクルの上昇局面で買収し、下降局面で売却した。最後の痛手は、ダイムラーが取引交渉のための妥当な時間を市場で確保しなかったことである。私企業の売却・合併を考えるときは、こうした過ちを回避しなければならない。

企業の売却・合併により最大の利益を上げるためには、以下のことを確認せよ。営業利益が増加していること、景気サイクルに順応していること、そして適切な合併・売却手続きを踏むこと。

応募番号61番

「あなたの事業の合併および売却価値を守る
~ダイムラー・クライスラーの失敗から得る教訓~」
グレッグ・カルーソ

1997年の盛夏、ダイムラー・ベンツは、「対等合併」と称して、クライスラーを370億ドルで買収した。それから10年も経たずして、ダイムラー・クライスラーは現在、クライスラーの80%を74億ドルで売却しようとしている。300億ドルという事業価値の損失もさることながら、それだけはなく、買収者であるサーベラスの買収資金は、全額がクライスラーへと投じられ、ダイムラーには回らないと見られている。なぜこのような状況に繋がったのか。また、あなたが、自分の事業の売却・合併・査定を考える際、この事例から何を教訓として学ぶことができるだろうか。

事業の合併および売却の際、重要なのは売上高ではなく営業利益

ダイムラーがクライスラーを買収した時期は、クライスラーが売上高610億ドル・純利益28億ドルという記録的な数字を達成していた時期だった。収入・収益は急成長し、また、市場もクライスラーの魅力的な製品ラインを盛んに歓迎した。そして、その結果として生じたキャッシュフローにより、買収資金の回収ができると見込まれていた。

2007年現在、クライスラーの売上高は620億ドル、損失は15億ドルであり、増収増益の目処はつかず、財務活動によるキャッシュフローもない。このことからも、キャッシュフローが、従来の企業の事業価値の基盤であることがわかる。事業価値と、事業合併の際の自らの売却額を高めるためには、準備段階と売却期間中に、キャッシュフローを最大限に引き上げることが望ましい。

売却・合併におけるビジネスサイクルの重要性

ダイムラーがクライスラーを買収した時期は、自動車業界全体にとっても記録的な時期で、アメリカの自動車メーカー3社の車は飛ぶように売れていた。また、低コスト化が実現し、クライスラーも低価格で製品を提供するようになっていた。

この状況と、過剰整備・リストラ・医療や退職費用負担よる競争力の減退、などのニュースが相次ぐ現在の脆弱な自動車業界とを比較してみよう。そう、売却時の事業価値は、業界の全体的なサイクルによって左右される。サイクルの上昇期に売却するようにすることだ。上昇期には、買収側の候補たちにも買収資金があり、あなたの事業も売却により利益を創出することが可能だ。

売却期間 - あせっても額は上がらない

クライスラーの売却可能性が公になったとき、ダイムラーがクライスラーをたたき売りしようとしていることは明白だった。これは買収者には絶好の機会であるものの、売却する側は、交渉の際、非常に弱い立場に追い込まれてしまう。経営の分野の素人からみても、「これはもう売却するしかない」、と判断できる段階まで行動を起こさないのは賢明ではない。事業の売却や合併を開始する前に時間を置きすぎてしまうと、付け込まれてしまうからだ。

買収を目指すなら、自分の事業の強みを維持する

ダイムラーがクライスラーを買収した際、クライスラーが3年未満で市場に新車を投入できるように、新しいデザイン拠点がすでに完成していた。これにより、クライスラーはスタイリッシュで、魅力的な車と競合することが可能になった。しかし、ダイムラーは巨額の利益を引き出すために、2006年までの3年間、新車を発売せず、デザインにおける優位性を台無しにしてしまった。人々が、クライスラー車を購入したのは、手頃な車であったからで、いつまでも変わらない車ではなかったからだ。新車を販売しないことに何の意味があったのだろうか?

自分の事業のブランドを守る

クライスラーのブランド価値を疑問視する人はいても、ジープの価値に疑いを持つ人はいない。ジープは、アメリカのアイコン的存在である「マルボロ・マン」を彷彿とさせる。しかし、ダイムラーは、「オフロード走破性を誇る、米国製4WD」としての座を、ハマーに譲ってしまった。ダイムラーが、ハマーを競合としてようやく意識し始めたのは、折しもガソリンの価格が高騰している2007年になってからのことであった。常に自分の事業のブランドと、ブランドが包含する価値を守らなければならない。

ミニバンのルーツはクライスラーにあり、現在でも、クライスラーは現在も魅力あるミニバンを販売している。しかし、SUVとミニバンを融合させた「クロスオーバー車」の時代、クライスラーはどのような立ち位置にいたのだろうか。また、先ほどのデザイン拠点はどうなったのだろうか。

企業の核となる人材を大切に

ダイムラーは、効率化を図るという名目で、クライスラーの成功が続くことを許さなかった。元を正せば、平等な立場での統合といわれていた今回の合併で、ダイムラーが事実上の主導権を握っていたことはすぐに明確になった。結局、ダイムラーは買収者だったのだ。しかし、巨額を支払い、手に入れた人材をなぜお払い箱にしてしまったのだろうか。もし、自社の売上高や合併価値を最大にしたいのであれば、たとえ利益を配分しなければならないとしても、人材は大切にすることである。1990年代のクライスラーの経営破綻からの再建を踏まえると、当時の経営陣は確かな判断を下していたようだ。有能な人材を失うのは致命的な過ちだが、その人材が競合他社へ流出してしまうことは、それを上回る過ちとなる。

総論:事業価値について

結果論かもしれないが、ダイムラーはクライスラーの価値を失墜させる間違いをことごとく重ねたのは明白だ。クライスラーの採算が取れなくなったのは、クライスラーがクライスラーらしさを失ってしまったからである。クライスラーは、デザインにおける強みや素早さを失ったと同時に、お手頃な車という座も失ってしまったのです。また、市場の動向に順応しなかったことで、主力であるジープ製品の価値もひどく傷付けてしまった。その他多くの要因も相まって、クライスラーは記録的な収益から大損失へと転落した。ダイムラーはサイクルの最盛期にクライスラーを買収し、低迷期に売却したのである。極めつけは、売却交渉の際、充分な時間さえも確保しなかった。事業の売却や合併の際、このような間違いは避けなければならない。

事業の売却や合併の際に、最大の利益を得るためには、「事業が増益を達成しているか」、そして、「ビジネスサイクルに沿って適切な合併および売却過程を踏んでいるか」という点を念頭に置くことである。