審査員講評 (英日部門)
安達眞弓審査員
石原ゆかり審査員
藤村聖志審査員
安達眞弓審査員
第14回JAT新人翻訳者コンテスト英日部門にご参加いただき、ありがとうございました。 今年はミシェル・オバマ氏がファーストレディー時代に立ち上げたイニシアティブ“Let Girls Learn”プロジェクトの取り組みに関する文書の一部を訳していただきました。原文そのものは平易で読みやすいのですが、実際に訳すとなかなか骨のある文章でした。取りかかってから難しくて断念された方も多かったのではないでしょうか。 まず、ファイナリスト5名の訳文を拝見し、気になったところをいくつか挙げていきます。
◆girls
「女子」、「少女」、「女の子たち」、どう訳してもかまいませんが、今回の課題のようなプレスリリース的文章では、最初から最後まで表現をそろえるほうがいいと思います。ファイナリストの中でも、課題文の中で女子、女の子、少女と揺れがある訳文がありました。訳し終えてからもう一度用語の揺れがないか、確認してください。
◆第2段落"receive"の係り受け
receive がどこまで係っているかを見誤ると、訳文の意味が大きく変わります。このreceive が係るのは、enhanced training and programming supportまでです。ファイナリスト5名中、この係り受けを理解して訳出していたのは1位と2位のお二方でした。今回の順位を大きく左右したところだと言ってもいいでしょう。第2段落の最後、As of September 30,330 community-identified projects have been funded through the Peace Corps Let Girls Learn Fund, reaching over 152,000 girls aged 24 and under.とあり、冒頭のsupport が金銭的支援であることがわかります。1位のJ42はそこまで踏まえてくださったのでしょうか、resourceを「財源」と訳出し、わたしは文句なく1位に推しました。
◆earlier this year
「今年初め」と素直に訳してかまわないところです。そこを「今年に入ってから」、「今年すでに」と訳された方がいらっしゃいました。訳者の主観が入ってしまっていませんか? 「今年、」と、今年のいつなのかはっきりしない訳文もありました。
◆第3段落の構成
それぞれセンテンスが長く、係り受けがよくわからなかった方も多かったのではないでしょうか。そこで情報を整理してみました。
★第1センテンス
〈目的〉Let Girls Learnを支援するため
〈だれが〉平和部隊長官と大統領夫人が
〈いつ〉今年初め 〈何をした〉会って話し合った
〈だれと〉平和部隊のボランティアと地元の女子たち 〈何を〉教育はすべての女子に与えられた重要な権利であること
★第2センテンス
〈いつ〉本日
〈どこで〉ホワイトハウスで
〈だれが〉大統領夫人と米国国務省国際女性問題局
〈だれを〉大統領夫人と平和部隊長官がモロッコとリベリアを歴訪中に出会った様々な年代層の女性たちの一部を
〈何へ〉CNNの新作映画"We Will Rise: Michelle Obama’s Mission to Educate Girls Around the World."の試写会へ
〈どうした〉招待した
★第3センテンス
〈映画はどんな内容?〉今回の試写会に招待されている、モロッコやリベリアで暮らす多くの女子を描いた感動のストーリー
〈そして?〉平和部隊のボランティアがそのうち6名を映画の中心人物として起用した
長い挿入句や長いタイトルに振り回され、何が何だかわからなくなりそうなとき、上のようにまず幹となる情報をまとめ、そこから訳文を考えると解釈を間違えず、正しい情報を伝達する訳文になります。今回のような文章では、映画の長いタイトルはいったん忘れて「映画」とし、あとで正確なタイトルに書き直すとわかりやすくなるかもしれません。
それでは受賞者5名のみなさんに簡単にコメントしていきます。
【J4】
伸び伸びと自分の言葉で訳文を綴ろうという努力が伝わってきました。ただ、美しくわかりやすい文章を作ることにウエイトを置きすぎて、英語の情報を正確に伝えることが多少おろそかになっているのが気になります。原文と訳文でレイアウトをそろえるという配慮も忘れずに。
【J18】
訳漏れもなく丁寧に訳してらっしゃいます。文章によって表現が堅くなったり、逆に柔らかすぎたりと揺れがあります。J4さんにも該当することですが、第4段落のdiplomaを「高校の卒業証書」と訳されています。原文では学費を稼ぎ、卒業したという情報しか読み取れず、「高校」という情報はどこにも提示されていません。読みやすさを追及すると原文にない情報を足してしまいがちですが、それでは正確な翻訳ではなくなってしまいます。
【J21】
日本語の表現力が豊かで、第2位をJ49さんのどちらにするか迷いました。第2段落第1センテンスの解釈が決め手となり、残念ながら第3位となりました。今回の課題は係り受けがわかりにくい原文でご苦労されたかと思いますが、実際の仕事ではもっと複雑な(または不条理な)原文と対峙することが多々あります。伸びしろのある方だと期待しております。
【J42】
5名中、もっとも安定した訳文であり、審査員全員が1位に推しました。決して間違ってはいないけれども、もう少し推敲することでさらに良くなる余地を残すところもありました。これからのご活躍を期待しております。
【J49】
J21さんへの講評で述べたとおり、第2段落第1センテンスを正しく解釈できたのはJ42さんとJ49さんのお二方だけでした。2位ではありますが、第2段落のoverの訳漏れ、第3段落todayの訳漏れなど、ケアレスミスが目立ちます。細かいことですが仕事の場では大きな減点となりますので、訳出後にもう一度丁寧に見直すよう注意してください。
石原ゆかり審査員
今年も『JAT新人翻訳者コンテスト』の審査を滞りなく終わり、受賞作品を選出できました。英日部門は40名からの力作が集まりましたが、ウェブなどで簡単に機械翻訳ができるようになった中で依然として翻訳という仕事への関心が高いことが分かってうれしく思います。
課題文は「女子教育」を推進する機関の広報でした。男女平等に義務教育が保障されている現代日本で育った身としては想像に難いことですが、インドやネパール、アフリカなど開発途上国、特に貧しい農村部では女子には教育を受ける機会は与えられていません。パキスタンで女子教育の大切さを訴え、頭部を銃撃されたマララ・ユスフザイさんの話はまだ記憶に新しいことと思います。また昨今、先進国でもアメリカなどを中心に「ウィメンズ・マーチ」、「#MeToo運動」など、女性の人権・権利に関する運動や議論が高まり、それによって政策や企業方針にも変化が出てきています。教育を受ける権利は基本的人権の1つであり、地位向上の土台となるものですから、そういった点でも時宜を得た内容だったのではないでしょうか。余談ですが、実はこの「Let Girls Learn」プログラム、トランプ政権に変わってから廃止の憂き目に遭いかけました。オバマ前大統領夫人の人気が高いこともあって批判が集中したので同政権は慌てて廃止を否定しましたが、今後の動向次第で存続が危ぶまれるところです。実務翻訳ではさまざまな業界や題材の仕事を扱いますが、たとえば技術的な文書であっても社会事情を反映する表現が使われていることもあったりします。浅くてもよいのでニュースや新聞・雑誌記事などから広く情報を得るように普段から心がけられると良いでしょう。
それでは細かく見ていきましょう。今回は趣向を変え、私も翻訳する気持ちで各文のポイントを取り上げてみます。皆さんも課題文と最終選考に残った作品を比べながらぜひご一緒にどうぞ!
まずは題名箇所から。「International Day of the Girl」、「Let Girls Learn」、「Peace Corps」といったキーワードから内容が推測できます(分からなければリサーチ!)。「expanding」、「exchange」。単語の意味はわかるけれど、でもここではどういう意味?直訳したらよく分からない意味に…。そうです、題名は意外と時間がかかるのです。ここでは仮訳程度にして内容に進みましょう。あとで内容がつかめてきたら戻って訳を見直せばよいのです。J42の題名はすっきり、はっきりしていて良いですね。ちなみに固有名詞を日英併記するかどうか、悩んだ方もいらっしゃるでしょう。題名では冗長的になり読みづらくなりますし、ヘルプなど目次が横の枠に表示される場合、表示が途中で切れてしまうこともあるので、併記しない方が好まれることがあります。あ、それからちょっと脱線ですが「Corps」のpsは発音しません(単数の場合。複数は/ko:rz/とsを発音します)。その理由はなぜでしょう?調べてみてください 。
「Since the agency's founding,~at the grassroots level.」は、「community-led」、「implement」、「at the grassroots level」の訳し方が難しいですね。「-led」という表現はよく使われるので「~主導の」という定訳を覚えておき、文脈によって適切な表現に変えると良いでしょう。「implement」の訳には「実行」、「実施」、「実装」、「導入」などがありますが、文脈によって使い分けましょう。今回の課題文のような場合は、最終選考作品のように「進める」、「普及」など、さらに一歩進んだ表現をすると読みやすい文章になります。「at the grassroots level」は、「草の根」というとすぐに日本語から推測して「草の根活動」、「草の根レベル」としたくなりますね。でも原文を見てください。係っているのは「to implement」だと思います。これはJ49がうまく処理していると思いました。
次の文は「are proud to announce」が悩みどころでしょう。この表現は特にアメリカ企業のプレスリリースなどでよく使われます。堂々と自信を持って製品を発表したいですよね。でも謙虚さ、慎ましさが尊ばれる日本文化にはあまり馴染まないので、J18の作品のようにさらっと「発表いたします」といった感じで流してしまうことが現場では多いです。内容によっては「自信を持って」、「自負しております」、「運びに至り、喜ばしく存じます」、「光栄に~」などと言い換えてもよいでしょう。注目すべきは「announce」であり、「proud」ではありません。
続く「These Peace Corps~」の文は長いのでややこしく、「increasing the initiative reach」辺りでつい「イニシアチブ」というカタカナ語で逃げちゃいたくなりそうです。このように長い文は細かく分解して丁寧に1句、1節ずつ理解するようにします。まずは「These Peace Corps programs receive (enhanced) training and programming support」で「このような平和部隊のプログラムではenhanced訓練とプログラム運営の支援が受けられる」というように文の主要部分を確立します。「enhanced」でつまずきそうなので、とりあえず無視しました。「to promote girls' education and empowerment」に進み、どんな「訓練と支援」なのか、目的を理解します。ここでも「empowerment」に悩みそうです。最近はビジネス書などで「エンパワーメント」という言葉も使われているようですが、その前に「empowerment」自体の語源、意味をじっくり英語で考えてみると良いでしょう。「地位向上」の訳もなかなか良いですが、ここでは「力を持たせる」つまり「自立させる」という意味だと思います。次に「increasing the initiative reach」。「イニシアチブのリーチを増やす?」何のことやら…とさじを投げ出したくなりますね。「付帯状況で何かが増えているのだな」程度で次に進みます。「to ensure more girls around the world will have the resources and opportunities needed to succeed.」長い!「to」はちょっと置いておいて、最初に「ensure that~」(~確実に~する)の文であることを見抜き、主語は「more girls around the world」、述部は「will have the resources and opportunities」であることを確認したら「世界中の少女たちがresourcesと機会を持てるように」と「to ensure」の内容が分かってきました。「resources」が分からなかったらちょっと置いておきます。そしてどんな「resources と機会」なのかと言ったら「needed to succeed」(成功に必要な)「resources と機会」なのです。ここで最初に戻り、「このような平和部隊のプログラムでは、少女たちの教育と自立支援を推進するための訓練とプログラム運営の支援が受けられる」と「世界中の少女たちが成功に必要なresourcesと機会を確実に持てるようにする」と訳せました。残りは「increasing the initiative reach」と「to」です。「to」は目的のようですね。「increasing」は「増えている」。「the initiative」は「the」とあるので前に出てきた言葉の言い換えと判断でき、きっと「These Peace Corps programs」のことかな、と。「reach」は「届く」から「両手を広げた範囲」と想像を働かせ、それが「increasing」、つまり「増えている」のです。ここをうまくまとめて「取り組みを拡大する」としたJ42はよいですね。くっつけると「このような平和部隊のプログラムでは、少女たちの教育と自立支援を推進するための高度な(enhanced)訓練とプログラム運営の支援が受けられ、世界中の少女たちに成功に必要な財源(resources)と機会が確実に与えられるようにするための支援が拡大しています」。という意味になります。で、ここで終わらず、「to」は目的か結果か念のため考えます。「ensure」だからやはり目的で良さそうですね。ここで、もう少し推敲したいところですが、とりあえず次に進みます。
前の文で時間がかかったので、ちょっとスピードを上げます。次の文で問題になりそうな箇所は「evidence-based interventions」です。素直に直訳して「証拠に基づいた介入」。要するに「現地の状況に合った」という意味でしょう。「介入」の意味を国語辞典で引いて文脈で適切かどうか確認してくださいね。J49では「援助」と言い換えていますね。その後は「community-identified」。こうした過去分詞を使った複合語は、本来の受動態の文に戻して考えます。「identified by the community」ということで「その地域で支援グループとしてその存在が認められた」という意味になります。「認定」とまで言ってもよいかどうかちょっと躊躇しますがJ18が最も正しく意味がとれていました。
その後の上映会の段落は、出来事の順番や、誰が何をしたのか、それはどういう人たちなのか、どうして上映会に招かれたのか。始めから順番に文や節の関係を丁寧に解明していきます。それをくっつけて最後に日本語の文章として成立するように順番を変えるのです。紙に書いて丸で囲ったり矢印を付けたりするのも1つの手です。ほら、オバマ大統領夫人の前で大画面に映った自分の姿を見て誇らしげにしている女性たちの姿が見えてきませんか?ちなみにこのCNNのドキュメンタリー映画は北米で2016年秋にCNNでテレビ放映されました。
続く2人の少女の例は具体的な描写なので想像力が働いてすらすら訳せそうです。でもここでも焦らず、誰が何をして何ができたのか原文に忠実に訳すようにします。「school」を「高校」としてしまってもよいのか、など、細心の注意を払いましょう。 最後はこの広報の目的である寄付金集めの宣伝文です。快く寄付してもらえるように敬語は正しく使いましょう。「支援する方」よりは「支援される方」が正しいと思います。「directly」は他の目的には使われずそのまま全額という意味ですが、「直接」と訳すのが良いのか、それとも、もっと良い表現があるのか…。
というように、ひとまず全文を訳すことができました。今度は最初に戻って、できれば声に出して読み返します(実はこの講評も声に出して読んで何度も直しています)。途中で詰まるところはたいてい間違っているところです。誤訳もあるかもしれません。訳語が適切でないかもしれません。「てにをは」は合っていますか?何回か読み返して流れるような文章になったら完成です。あ、題名の再考も忘れずに!
藤村聖志審査員
新人翻訳者の皆さん、これまでにいろいろな英文を翻訳されてきたかと思いますが、「原文は何となくわかっているのに上手く翻訳できない」と感じたことはありませんか?実は、それが異言語間の橋渡しという作業における最大のジレンマなのです。私達の仕事は、原文が伝える情報(イメージと言っても良いかもしれません)を正確に訳文で表現することであり、訳文自体が曖昧であってはなりません。今回の課題をざっと読み通した時、empowermentやevidence-based interventionsがどういう風に訳出されるのか、大変興味がありました。結論から言いますと、empowermentは概ね上手く訳されていたようですがevidence-based interventionsについては全員が減点対象でした。「根拠に基づいた介入」「経験に基づいた援助」「経験に基づいた介入」等、いろいろありましたが、ボランティアの人達が女子教育の遅れている地域に出かけて行って「介入」するとはどういうことでしょうか?また、何の「根拠に基づいた」介入でしょうか。Interventionsは、あえて介入という表現に拘るのであれば、本課題の場合、「教育的介入」という意味に近いと思います。つまり、親が子供を教育するように成長・発展を助けてあげるわけです。ソーシャルワーカーの援助活動もinterventionsという言い方をします。平たく言えば、世話を焼いてあげる行為で、邪魔をするイメージの「介入」ではありません。私なら「積極的援助活動」とでも訳します。自分から出かけて行って世話を焼く行為をInterventionsと表現しているのですね。また、evidence-basedは、「地域事情に基づいた(踏まえた)」という意味だと思います。ボランティア達の経験ではなく、その地域で目にしたevidenceを考慮して活動を展開していることを指しているのでしょう。この部分は、ここまで踏み込んで訳さないと、全体のテーマとの整合が取れません。「根拠に基づいた介入」等は、読者を置き去りにした訳文と言わざるを得ません。
難しくない単語につまずくのは、その背景にあるイメージを正確に捉えきれていないからです。evidence-based interventionsを切り離して考察するのではなく、全体の文脈の中でどういう意味を持つのかを考えてください。また、もやもやしたままでカタカナ言葉でお茶を濁すのは感心できません。「エビデンスに基づく」とか「エビデンスベースで」という書き方で納得する読者がどれほどいるでしょうか。カタカナ言葉を絶対使うなというのではありませんが、日本語表現があまりにも煩雑になる、そもそも訳しようがないなどという場合を除いてはなるべく使わない方が賢明です。私も産業用語として定着したカタカナ表現等は使います。「ソリューションをシステムに組み込みプログラムを実行・・」といった文章がその好例ですが、こういった言葉はたいてい定義済みの言葉として使います。カタカナがそのまままかり通る場合は、そのカタカナが広く世間に浸透しているからです。「エビデンス」とか「エンパワーメント」というカタカナを使う前に、それが果たして一般読者に明確なイメージを与える表現なのかどうかを検討してください。それでは個々の講評に移りたいと思います。
J42
全体として誤訳・訳漏れが見当たらず丁寧に訳されています。原文と正面から向き合い正確に訳そうという姿勢は好感が持てます。あとは、直訳調を避けるために訳文を磨くことを心掛けると良いでしょう。たとえば、第二段落の「地域社会主導型の・・に関する解決策・・活動しています」は、J49の「女子に対する教育の・・取り組みを・・行ってきました」の方がまとまっています。empowerment solutionを「地位向上に関する解決策」とするのは、間違いとは言えませんが、いかにも直訳であり、ここはcommunity-led girls’ education and empowerment solutionsをJ49のように「女子に対する教育の・・取り組み(solutions)」とまとめて捉えた方がすっきりしています。第二段落の「訓練や計画に力強い支援」も、J18は「強化研修やプログラム支援」として簡潔に表現しています。第三段落では「映画の中心に描く人物」が回りくどい言い方です。featured とあるからには、「主役」(J49)、「特集され」(J18)等という簡単な言い方ができます。簡潔な表現がなぜ良いかというと、読者の負担が少なくなるからです。ノイズの混ざった音が聞き取りにくいように、無駄な描写の多い文章は読み解くのに苦労します。簡潔で明快な文を書くように努力しましょう。
J49
ほとんど誤訳・訳漏れがなく、正確に訳せています。J42と差がついたのは、第三段落の「大統領夫人・・・特別上映会に招待しています」「CNNが制作した新しいドキュメンタリー・・・上映いたします」のくだりです。Several of those women…to attend a special White House screening…Around the World.”に対応する部分ですが、原文を二つに分けた結果、脈絡に欠けた訳文になっています。二つに分けて訳しても悪くはないのですが、妥当な接続詞を入れて文の繋がりを示さなければなりません。「特別上映会に招待しています」と先に言いきると、その「特別上映会」の内容を「CNNが制作した新しいドキュメンタリー・・・」と説明する必要が出てきます。少し無理がありましたね。また、「なぜ全ての少女たちが・・値するのか」は、そう堅苦しい訳をせずに、「すべての女性に教育を受ける権利がある理由」などと少し工夫してほしいですね。deservesを「値する」と訳出するのは間違いではありませんが、他に訳文の流れを良くする表現があれば辞書に出ている訳例にこだわる必要はありません。
J21
訳文はよく書けているのですが、第二段落のreceive enhanced training and programming support…, increasing initiative reach…needed to succeed.の訳ははっきり言って失敗ですね。「…きめ細かなサポートを受けられます。これにより・・イ二シアチブが広がっています。」二文に分けた結果「これにより」という余計な言葉が入りました。また、enhanced training and programming supportは、「きめ細かなサポート」というよりは「高度な(強化された)訓練や計画(実行における)支援」のほうが正確です。increasing the initiative reachを「イ二シアチブが広がっています。」とするのも感心できません。「イ二シアチブ」は訳しにくい言葉であるのは確かですが、そのまま使うよりはやはり「取り組み」等と言い換えた方が、具体的イメージが湧きやすいでしょう。「エビデンスに基づく介入」というのも「根拠に基づく介入」よりもっと分かりにくい言い方です。「エビデンスに基づく介入」と書かれてあるのを見て読者は何をイメージすれば良いのでしょうか。この部分については前書きを御覧になっていただくとして、とにかく、良い訳が思いつかないからといって安易にカタカナ言葉に頼るのはやめましょう。私が前書きで説明したような語義は、大きな辞書やインターネットを調べれば出てくるはずです。ただ、それをそのまま拝借するのではなく、この課題のテーマや文脈全体と照らし合わせて具体的な訳を考えるのが、翻訳者の役目です。
J18
すっきりして読みやすいのですけど、やはり第二段落のreceive enhanced training and programming support…, increasing the initiative reach…needed to succeed.でつまずいていますね。「こうした平和部隊の・・プログラム支援を受け」までは良いのですが「世界中の・・資金と機会を提供します。」には、increasing the initiative reachの訳が含まれていません。これはPeace Corps programsを主語とする分詞構文の冒頭部分であり「Peace Corps programsの活動(取り組み)範囲を拡大している」ことを訴えている部分ですから、省いてはいけません。あるいはincreasing the initiative reachの解釈に困ったのかもしれませんが、initiative reachにtheがついているのを見れば、これが特定の活動(取り組み)範囲を指しているのが分かります。つまりthe initiative reachはPeace Corps programsを展開する範囲であり、しっかり訳文に反映すべきです。また、「330のプロジェクトが・・資金提供を受け、・・もとへ届けられました。」は何かおかしくありませんか。この訳文の流れだと、「プロジェクト」が「届けられました。」という風に読めるのですが、もちろん違いますよね。届けられたのは「資金」であって、それを示さなければなりません。「プロジェクト」を主語にするなら、J42のように、「手を差し伸べています」などと書くべきですね。それと、第三段落のSeveral of those women and girls were invited by…の部分を「・・数名の女性や少女は今日、・・招待され」と訳していますが、were invitedとあるからには、招待されたのは過去であり、上映会に出席しているのが「今日」のことですね。あるいはそのつもりで書かれたのかもしれませんが、それなら、J42のように、「招待を受け、本日特別に・・参加しました」と明確に表現してください。
J04
まず、「エンパワーメント」とか「エビデンスベースで」というカタカナ言葉の濫用に気をつけましょう。カタカナ言葉が気に入らないとかそういう問題ではなくて、「女子の教育・エンパワーメント」とか「エビデンスベースでの協力活動」とか言っても、読者には何も伝わらないからです。課題文のテーマや文脈を検討して「女子の地位向上」とか「地域事情を踏まえた」といった、具体的な訳文を書くようにしてください。第二段落receive enhanced training and programming support…, increasing the initiative reach…needed to succeed.の部分は、大体の意味は取れているのですが、構文をきっちり解釈できていないので、少し原文と意味がずれています。receive enhanced training and programming support…が「研修・企画に特に力を入れ」になり(programming supportを「企画」というのは少し無理がありますし、receiveを「特に力を入れ」とうのも意味が違ってきますね)、この文を「明るい未来を・・確実に得られる女の子(ensureのかかる部分としては間違い)・・増えるよう」の後に置いていますが、ここは素直にreceive enhanced training and programming support…,から順番に訳すべきです。increasing the initiative reachはand increases the initiative reachとほぼ同じ意味ですから、無理やり構文の順序を入れ替える必要はありません。やはり、increasing the initiative reachを正確に把握できていないと思われます。330 community-identified projects…funded through …Fundを「・・資金は地域社会のニーズから生まれたプロジェクト(少し回りくどい言い方ですね)・・出資しており」としたのも、原文の受動態を無理やり能動体に書き直してかえって悪い結果を招いています。「出資しており」というのは利益を求めた資金提供を示唆するので、ここではふさわしくありません。また、第三段落のIn support of Let Girls Learnを「プログラム推進活動の一環として」と回りくどく言う必要もないでしょう。「プログラムを支援するため」と素直に訳したほうが簡潔で明快です。訳文を工夫するのは良いのですが、素直に訳せる場合は無理をしないようにしましょう。それよりも、empowermentとかevidence-based interventionsのような、見慣れた単語だけど訳しにくいケースで腕を奮ってください。良い訳文というのは美辞麗句ではなく、具体的で簡潔な訳文であることをお忘れなく。
皆さん、今回の課題文で一番苦労なさった箇所はどこですか?私は、empowerment solutions, increasing the initiative reach, evidence-based interventions等だと思います。どれも良く知っている単語ばかりですよね。でもこういうのが文章の中で機能すると一筋縄ではいかなくなるのが、翻訳の難しいところです。経験豊富な翻訳者さんは、こういった語句を訳出する時、辞書にある語義をそのまま拝借するようなことはしません。料理に例えると、辞書にある語義は、いわば食材のようなもので、うまく加工・加熱して初めてまともな一品が仕上がるわけです。もちろん、食材そのものの味を生かした方が良い場合は、あれこれ手を加えないこともあります。常に単語や語句が文全体の中で生きていることを意識してください。皆さんの今後の検討を祈ります。