内容と論点を理解してから翻訳する
間人友紀(はしうどゆき)
翻訳には調べ物がつきものだ。知らない単語の意味を断片的に調べるだけではなく、原文の内容や背景を全体的に把握するための調べ物もある。第 11 回 新人翻訳者コンテストに挑戦し1位をいただいたことで、原文の内容や背景をきちんと理解した上で翻訳することの大切さを改めて実感した。
課題文のテーマは環境だった。文系の私はグラフが入った課題文を見たとたん苦手意識が先行し、ひと通り目を通してみてもすぐには内容が理解できなかった。しかし環境問題には関心があったので、勉強のつもりで挑戦してみることにした。
以前通っていた翻訳学校で、プロの翻訳者がある訳文を訳出するに至るまでのリサーチ過程と思考の流れを学んだことがあった。それはテーマの歴史的背景にまで及んでおり、プロはここまで詳細に調べるのかと驚いた。また原文が理解できても先入観でなんとなく訳してはいけない、論理的に説明ができるように訳しなさいとも教わった。こうしたことを思い出しながら、まず話の流れを時系列順に図に表して内容を把握し、著者の論点を整理した。付属資料もしっかり読んだ。その後、翻訳作業に取りかかった。
ファイナリストに選ばれただけでも信じられない気持ちだったが、その後1位に選ばれたとの連絡をいただいた時は本当に驚いた。受賞できた要因を自分なりに分析してみると、やはりあらかじめ原文の内容や背景を理解するための作業を念入りに行い、著者の論点を整理しておいたことが、その後の訳語の選択や訳文の流れによい意味で影響したからではないかと思う。それは翻訳において当たり前の作業かもしれないが、今まで頭では分かっていても、それが訳文に与える影響についてこれほど意識したことはなかった。最初に課題文を見たときに、さっぱり意味が分からない状態だったからこそ実感できたのかもしれない。内容を「正しく理解した上で翻訳する」ことと「なんとなく分かった上で翻訳する」ことの違いが分かった気がした。
しかし実際の仕事となると、調べ物に費やせる時間は限られている。原文の内容を短時間で正確に把握するために効率よくリサーチすることは私の今後の課題の一つだ。
コンテスト受賞にあたって審査員の方々から丁寧な講評をいただいた。自分の訳文に対して細かい部分までフィードバックをいただく機会はなかなかないので本当にありがたい。調べ物はやっぱり大事、などとごく基本的なことに納得している程度の駆け出しで、翻訳者と自信を持って名乗れるようになるまでにはまだまだ遠い道のりであるが、ご指摘いただいたことを今後に生かしていきたいと思う。
JATアンソロジー委員会の許可により Translator Perspectives 翻訳者の目線 2015 から転載。
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