By: 白石里香

2011年1月より社内翻訳者として翻訳のキャリアをスタートさせた駆け出しの翻訳者です。業界関連記事やマーケティング資料、社内外向け各種レポートといった産業・ビジネス文書の翻訳(日英・英日)を担当しています。毎日学ぶことが多く、ことばと格闘する日々を過ごしています。昨年春より半年間、日本映像翻訳アカデミーで英日映像翻訳を学んでいました。

去る3月17日、渋谷フォーラム8で開催された「映像翻訳:映画、テレビとその後」と題されたJATミーティングに参加しました。パネリストは、経験豊富な日英映像翻訳者であるイアン・マクドゥーガルさんとデビッド・ニストさん。
有意義なお話の数々を伺うことができました。

セミナーはまずお二人の自己紹介から始まり、その後早速「優れた映像翻訳者として大切なことは?」という問いが投げかれられました。
デビッドさんの答えは、「作品と感情で通じ合うこと」。その作品の「語り手」となり、メッセージを伝えることを常に心がけるべきだとお話しされ、映画づくりに携わったことのあるデビッドさんならではの視点を伺うことができました。一方、イアンさんは、「作品のリズムをくみ取ること」とコメント。少なくとも字幕はそのリズムを支えるべきものであって、例えばスピード感のある映像であれば、字幕もそれを感じさせるものでなくてはならないとのお話でした。字幕翻訳は、翻訳という枠を超えた、クリエイティブなスキルが求められることを実感しました。さらに、「字幕というのは、まるでそこにないかのような存在でなければならない。字幕が気になってしまうということは、視聴者が映像を見ていないということになる」というお話もあり、作品のメッセージを確実に伝え、視聴者の心を掴みながらも、字幕は決して独り歩きをしてはならないという、映像翻訳の奥深さを知ることができました。

デビッドさんからは、字幕翻訳ソフト「SST」についての紹介があり、その他にもハコ切り(スポッティング)と呼ばれる映像翻訳ならではの作業についてもお話しいただきました。スクリーン上に字幕を表示するタイミングを決めるもので、この作業によって映画の印象が変わることもあるため、非常に重要なプロセスであるとのことでした。

セミナーではさらに、日英翻訳ならではの難しさについても興味深いお話がありました。日本ではセリフに両者の違いが見られる「先輩と後輩」の関係。これをいかに英語字幕に表現するかについて、デビッドさんは、その話者の作品におけるキャラクターとしての人間関係を考えて訳すと語っておられました。さらに、方言をいかに字幕に表現するかについても話題となり、イアンさんは、セリフのすべてではなく部分的に少し違う表現を散りばめることで、その人物が他の人と違う話し方をしていることを示すことがあるとお話しされました。訳し分けの例として、”Don’t do that”と”Don’t be doing that”を挙げてくださいました。

最後に、良い映像翻訳者になるには?との問いに、イアンさんは、「とにかくたくさん読んで、たくさん見ること。また、視聴者を意識した翻訳を心がけること」とコメント。デビッドさんは、イアンさんに同調しながらも「苦手なジャンルやつまらない映画もぜひ見てほしい。そこから学ぶことは多い。そして、とにかく映像翻訳は自分自身が楽しんで取り組むこと。自分が楽しんでいないと、その作品もつまらないものになってしまう」とお話しくださいました。
お二人の、映像翻訳に対する熱い思いを感じることのできた今回のセミナー。豊富な経験に裏打ちされた、お二人ならではの視点やテクニックなど、非常に貴重なお話を伺うことができました。

イアンさん、デビッドさんをはじめ、進行役のジュリアンさん、関係者のみなさまに、この場を借りて厚く御礼申し上げます。