作成: 千葉朗子 (エネルギー・環境分野英日翻訳者)

2012年4月21日、講師に山本ゆうじさんをお迎えし「今日から翻訳生産性をターボブースト!」(副題-品質と速度のブレークスルー)と題する東京月例セミナーに参加しました。今年の2月にJAT会員となったばかりの私にとっては初めての参加でした。品質と生産性の両立は常に頭の中にある課題です。また、山本さんの近著『IT時代の実務日本語スタイルブック』を拝読して質問をしたい項目もあったため、高い期待度を胸に会場へ向かいました。

山本さんご自身のイントロダクションの中で専門分野が翻訳メモリ、翻訳ソフト、実務翻訳、実務日本語であること、そして当日の講演内容は全体の70%をユーザー辞書共通フォーマット「UTX(Universal Terminology eXchange)」に、残り30%を実務日本語に配分することが伝えられました。

まず、スライドに映し出されたのは「用語集を正しく作ると幸せになれる」というフレーズでした。理想型として、発注者側が用語集を作成・管理し、翻訳会社・翻訳者の3者で共有すれば翻訳・用語統一に関するコミュニケーションが容易になり、ひいてはエンドユーザーにとって有益になるとのお話でした。

しかし、このような用語集の存在が少ない背景には「作成の労力と費用」がメリットを上回っているという現状があり、山本さんから「用語集を作成するのは面倒だと思われる人は?」との投げかけに挙手をする参加者も見受けられました(私は前から2列目の机にかぶりつきで座っていたため、どのくらいの割合かは確認できなかったのですが)。ただ、用語集を何らかの形式で作成している参加者は圧倒的に多かったようです。

その後「使えない用語集」「機械翻訳ソフトの開発者・研究者と翻訳者の視点の違い」などに触れられた後、UTXの特徴について説明がありました。

UTXは、AAMT(アジア太平洋機会翻訳協会)が策定している翻訳ソフトのユーザー辞書共通フォーマットであり、次の4つの特徴があるとのことでした。
シンプル-タブ区切りの仕様なので、テキスト・エディター、スプレッドシートなどで作成・編集・表示ができ、例えばGoogle Documentなどを利用すれば複数名で同時に共有できる
オープン-無料であり、誰でもUTX辞書を作成・公開・使用できる
高密度-「量より質」を重視し、一定の専門性を持つ分野の翻訳に使用できる
汎用性-1)のシンプルさに加え、機械可読なUTXは一定の決まりに従っているので、必要最小限の変換で、翻訳ソフトや用語ツールなどのソフトでスムーズに使用できる

次いで、UTXによる用語管理、用語統一についても詳細な説明がありました。興味深かったのは、複数の「用語提出者」に対して1名の「用語管理者」を置き、単語・フレーズごとに暫定・承認・非標準・禁止という4つのステータスを付すという点でした。確かに、これによってチームとしても、揺れのない訳文を効率よく作成できることが分かります。

最後の項目は、実務日本語でした。現在は「正しいが分かりにくい日本語」があふれているとの指摘があり、実務文書としての日本語の最優先事項は「分かりやすさ」とのことでした。1つの方法として、発注者に読んでもらうと良い訳文になる、というヒントも紹介されました。

講演後は質疑応答に移り、会場参加者55名(東京地区活動委員会による)のうち、私の記録メモでは7名から質問があり、インタラクティブな講演となりました。

山本さんのお話の中で心に響いたのは、翻訳者にとっての翻訳ソフトは「用語適用ツール」であること、そして用語集をユーザー辞書として補うことにより、翻訳ソフトを「使う」のが翻訳者である、というポイントでした。

その後、懇親会が開催されました。私は人見知りのため懇親会が苦手なのですが、今回は誘ってくださる方もあり、勇気を出して行ってみました。結論は・・・大変有意義な時間を過ごすことができ、うれしかったです。

山本さんもテーブルに来てくださり、「日本語の質」を私たち翻訳者が保ち、また向上させていくことによって一般の人々、または発注者側の考える機械翻訳の優位性を凌駕できる、というお話を伺い、強く共感しました。

今回、私には大変刺激が強かったようで、用語集に対する認識を新たにした、というよりも初めてその重要性を認識したような実感がありました。末筆ですが、企画・進行をしてくださった東京地区活動委員会(TAC)の方々へ厚くお礼申し上げます。

Wendy McBrideさんによるこのセミナーの英語でのレポートもあります