山本香織(英日・日英翻訳者。医薬、医療機器、特に申請書類関連文書を中心に活動中。)

9月8日(土)、渋谷フォーラム8において開催された9月の東京月例会セミナー「翻訳における文章スキル〜逐語訳から生きた英語に〜」に参加してきました。講師はベテランの翻訳者/校閲者でいらっしゃるリン・E・リッグスさん、進行はアリソン・ワッツさん。セミナーは2部構成で、第一部はアリソンさんとリンさんの対話形式、第二部はサンプル文書を用いた実践的なレクチャー形式で行われました。

第一部では、アリソンさんがリンさんへ質問する形で進行し、まずリンさんのご経歴のご紹介がありました。来日後、初めてのお仕事はタイピスト、その後翻訳の世界に入られ、現在はパートナーと設立した翻訳会社で翻訳・校閲を行いながら、大学で教鞭をとり、作家・編集者・翻訳者協会(SWET、Society of Writers, Editors, and Translators)でもご活躍です。

リンさんのお話の中で印象的だったのは、よい翻訳とはクライアントが求めていること、必要としていることがよく理解されており、その上で文章のスタイルや目的を考えられたものであるとのこと。たとえば、「私有地につき侵入しないでください」という文章を訳す際、様々な英語表現が考えられますが、クライアントの職種や原文の日本語が「禁止」ではなく「しないでください」と柔らかなニュアンスになっている、といったことから「礼儀正しく、やさしく穏やかな言い方」の英語にしようと判断することができます。このようにして仕上げた訳文であれば、たとえばクライアントや仲介者から何かしらコメントが入った場合でも、最終的な訳文を練り上げた理由をきちんと説明でき、説得力を持たせることができると語られていました。

翻訳者と校閲者はコラボレーションをして文章を作り上げていくというお話もありました。ドラフトを一度書き上げて終わりではなく、何度も原稿を校閲と翻訳者との間で行き来させて完成度を高めること。また別の校閲者を立てられない場合でも、翻訳者自らがドラフトを完成させた後に一晩休ませ、新しい視点で訳文を読み直すことも強調されていました。

第二部は、原文の日本語、ドラフト原稿、校閲後の英語と3点を見比べながら、校閲者の視点で訳文を見るとはどういうことなのかレクチャーいただきました。動詞の名詞化のやコーテーションマークの扱い、代名詞が曖昧になっていないか確認するといった具体的なテクニックの紹介も勉強になりましたが、校閲する際にドラフト全体のトーンに注目するという視点が新鮮でした。たとえばドラフトの1文目を見れば、原文の日本語が何を言おうとしているかを翻訳者が理解しているかどうかわかりますし、ただ日本語に倣っているだけでなく英語の文章として自然で魅力的な仕上がりになっているかといった包括的な評価を下すことが重要だとおっしゃっていました。また原文全体が意味するところをとらえ、何が一番重要か、英語ではどこを強調し、引き出すべきなのかを理解して翻訳・校閲することにも言及されました。なお、個々のテクニックについては、2冊書籍をご紹介いただきました(Style: Lessons in Clarity and Grace, by Joseph M. Williams and Gregory G. Colomb. 10th edition. Longman, 2010; On writing well by William Zinsser, 6th ed.)。

とても全部はご紹介しきれませんでしたが、翻訳者、校閲者としての豊富なご経験と確かな原文理解力に裏付けされたリンさんからたくさん学ぶことができ、大変有意義なセミナーとなりました。講師のリンさん、アリソンさんをはじめ関係者の皆様に末筆ながら御礼を申し上げます。どうもありがとうございました。

内村ウェンディさんによる英語でのレポートもあります。