石原ゆかり

今年も新人翻訳コンテストに多数応募いただきありがとうございました。機械翻訳やAI 翻訳が一般に普及してきている中、実務翻訳者を目指している方々がたくさんいらっしゃることが分かり、私も大いに励まされました。

今回の課題文は、近年世間の関心の高い環境問題に関するものです。たくさんのリサーチを要するような用語も、複雑な構文もそれほどなく、比較的取り組みやすい内容だったのではないでしょうか。それを反映するかのごとく、最終選考に残った作品はいずれも良く訳せていたと思います。そのため、審査では訳文の精度、特に文の内容をすべて正確に表しているか、そして「意味」だけでなく「意図」も考慮されているか、という点に注目しました。実務翻訳者は著者の代弁者です。仮に原文で同じ言葉が何度も使われていたら、どうして違う言葉で言い換えないのだろう、と疑問に思い、その「意図」も考えてみましょう。冒頭の「Worried about...?」、「Focus on food」は、敢えて同じ言葉を畳みかけるように連呼することで読者に注意を促しています。J71 さんの作品では「Worried about...?」がいろいろと言い換えられていて、工夫されていると好感は持てましたが、ここは著者の意図を汲んで原文同様にすべて「心配ですか?」など同じ言葉で統一した方が良いと思いました。ほかに「thanks to」は、J18「その原因は」 、 J27「その原因の~」、 J56「その理由には」、J67「その原因の一部として」、J71「~などが原因で」、J79「その要因として」、J88「も要因となっています」と、いずれも意味は合っていて正しい訳ではありますが、「thanks to」は誰かや何かに対する感謝の気持ちが含まれているので、ここは著者が皮肉を込めて敢えて使っているのだいう意図を汲んで「おかげ」などとすると、もっと原文に近づけます。

では、作品ごとに気付いた点を挙げます。

J18: おおむね工夫してよく訳されていて目立った誤訳はなかったと思います。細かいところで訳抜けがあり、それもあって文のつながりがぎこちないです。原文で表されている感情があまり出ていませんでした。「~が心配?、~に注目。」は、やや唐突な印象を受けました。ですか?、注目しましょう、などと用言止めにした方が読者の負担が少ないです。「私たち何十億もの人間が食べていける」は、まとめずに原文どおりにして、別々の文の方がインパクトがあると思います。「これまでにないほど」は「in the history」としてはちょっと弱いです。「その恩恵にあずかっている」は、言葉を足していて工夫されていますが、ここは「feed = 食べさせる」ことを強調してください。「地球上の人間と...」は「地球上の」が人間だけに係っているように読めました。「ひどく見劣りのする」、「激減」、「乱獲」、「膨大な数と比べると」、いずれもなかなか上手い表現です。「take a moment」、「in part」、「(green circle)」、「now」が抜けています。訳してから一文一文原文と見比べて訳漏れがないことを確認してください。「動物は、~重量になっている。」はきちんと呼応していません。「増加した人口のために ...確保しなければならない。」は「a lot of mouth」 の雰囲気がもう少し出ていると良かったです。「口にしたいという欲求」は、ここは口にしたいという欲求というより、ずばり食べるということでだと思います。「~に繋がっている」は少し逸脱しています。ずばり酷使している、で良いのではないでしょうか。

J27: 言葉選びも良く、分かりやすい文章を心がけていて好感が持てました。後半、誤訳や原文にない不足が少しありました。冒頭の「~が心配?」は唐突な印象を受けたので「が心配ですか?」などの文体にした方が自然です。「Before we get into」は単に議論を始めるという意味です。「仕組みに踏み込む前に」は「の話」などを入れるとより分かりやすい表現になるでしょう。「少し立ち止まって~みよう」、良い感じで読めます。読点が続くので、文の構成や表現を変えるなどして読点を減らすと一気に読みやすくなるでしょう。次に続く文も工夫が見られます。「feed」を「支えている」としたのはややインパクトに欠けます。この文章は「食」に関することで、著者は「feed = 食べさせる」という言葉を意図的に使っていることを考慮しましょう。「繁栄に成功した」は主語と動詞が呼応していません。「繁栄させることに」であれば文法的には正しくなりますが、この場合は繁栄は現象であって誰かの意図的な行為ではないので「成功」という動詞と合いません。ちなみに「successfully」 はビジネス関連の文章などで多用され、頭を抱えることも少なくありません。他の作品を参考に、また類語辞典などからいくつか使えそうな訳語を貯めておいて、さっと対応できるようにしましょう。「紀元前10,000年における、~示している」から、この段落、全体的にうまく訳されています。「~における」の後の読点は必要ないと思います。「on the Planet」、「multitude of」 など訳漏れがないように細部にも気を配るようにしましょう。「一方で」を効果的に入れています。原文にはそのものはありませんが文脈を考えると潜在していることが分かります。「枯渇に向かう」は呼応していなくて意味が伝わっていません。「枯渇」も「~に向かう」もそれ自体は良い表現ではあるのでそれぞれ用法を調べてみてください。「その原因の一部は」、「in part thanks to」を工夫して訳していますが、「~のなかには」などやわらかめな表現にするとさらに良いでしょう。「enthusiastic」を「盛んに行った」 としたのは上手ですね。「最初の大規模な絶滅は人類によって引き起こされた」は、「enthusiastic hunting of megafauna」の修飾ではなく、「extinction event」の説明となってしまっているので誤訳と判断しました。「人類の増加と野生動物の減少により」は 原文にない補足です。「課題も伴う」とありますが、ここでは「問題」が適語だと思います。「課題」と「問題」の違いを調べてみてください。「私たち人類が多くの食料を必要としている」は「mouth」をもう少し意識して訳すと原文のニュアンスに近づきます。「それは~ということである」、「先に述べた」、「このようにして」は不要ではないでしょうか。「肉類や乳製品に対する需要」、うまくまとめています。「資源に多大な負荷を与えている」は直訳調で分かりづらいので再考してみてください。

J56: 自然な表現で訳されていて全体的に読みやすかったです。バイオマス、ダメージといった、日本語の意味では誤りであるものや、一般的でない、あるいはこの文脈には合わないカタカナ語の使用が気になりました。「不安を感じていますか?、なら、食料に目を向けましょう。」 は工夫が見られました。ただ、若干冗長的なのと、「それなら」とした方がなお良いと思います。「~について話す前に、少し考えてみましょう」は良いですね。「生命を支えています」は「feed us」としては意訳し過ぎの感があります。「地球の人口は~生きています」は 順番を変えるなどして工夫されています。でも、原文の順番通りに訳してもインパクトを残せるのではないでしょうか。「図表」は16ページに表はなく、グラフでもないのでここではすばり「図」です。「Successfully」は意外と訳しづらい言葉なのですが「順調に」と上手く処理していますね。「図1」は 実際には図1.2なので誤訳となります。細部にも気を配りましょう。つなぎに入れた「続いて」、「図1で250万人だった」 の補足は不要です。「(メガファウナの狩猟は、~です)」は文になっていて冗長的です。原文と同じ位置で簡潔にまとめられます。「分かります。」 は原文にはありません。「成功は同時に問題を生み出します」良いですね。ここでは敢えて「生み出しました」にするとより自然になります。原文から逸脱しないようにするには、訳文を英語に訳してみて元の原文と同じになるか確認する習慣をつけると良いでしょう。

J67: 全体的に良く訳されていると思いました。文章の流れも自然です。ただ、文章を自然にするあまり、論旨が変わっている部分が少しあるのが気になりました。「が心配なら、~に注目してください」、シンプルで良いですね。「フードシステム」は日本語として定着していません。この文章の主旨を表すキーワードの1つだと思うのでここは分かりやすい日本語に訳しましょう。「欠陥構造」というより、ここでは構造に欠陥があるという意味で少しニュアンスが違います。「私たちの食は支えられています~得ているわけです」、「16ページの2つの図は」、「多さに比べれば、ほんのわずかな数」など光る表現が見られます。「successfully」が抜けているのは残念です。「狩るのに熱心だったこと」というよりは「熱心に狩猟を行った」という方が正確です。「野生哺乳動物と野鳥」は、野生と野が続くのでちょっと冗長的な感じがします。「野生の」とし、鳥を「鳥類」とするとすっきりします。「私たちの欲求であり~」の文はややぎこちなく、焦点がはっきりしていません。まずは原文の意味をしっかり理解することに重点を置いて練習すると精度が上がることでしょう。

J71: とても上手に訳されていると思いました。各所に原文の意味を理解して、かつ自然な日本語にしようという努力が見られ、読みやすくてわかりやすい文章でした。「successfully」など日本語にしづらい言葉もうまく処理していました。ただ、おおむね原文の意味は取れていて表現力も高いと思いましたが、先に述べた「Worried about...?」の言葉の使い分けなど、著者の図と離れてしまっているところが気になりました。「私たちは~できています。」 きれいにまとめていますね。ただ、原文で「It feeds us. Billions of us.」 とバンバンと切っている、そのインパクトが失われてしまっていて惜しいです。「16ページにある2つの図は」改行ミスでしょうか。段落分けは原文どおりにしましょう。「多く存在したため」、「紀元前1万年頃に地球上にいたと推定される」、「人間が引き起こした」など、とても上手に処理されています。「などが原因で」は「in part」 をさらっとうまく処理していますね。「行き渡らせなければなりません」は「a lot of mouths to」のニュアンスが良く出ています。

J79: 良く訳されていて安定感があり1位となりました。表現を凝ると、気付かないうちに訳抜けや原文逸脱となってしまうこともあります。細かな点にさらに気を配って確実に正確な訳を目指しましょう。「~が心配ですか?~に注目しましょう」、冒頭いいですね。「良質な」は原文にありません。「過剰漁獲」、「順調に」、「極めて多数の野生動物と比べるとわずかな」、「人間が引き起こした」、「それに伴い新たな問題も発生しました」、「増加した人口に見合う膨大な」(have a lot of mouths to feed.)、など、原文の意味、意図に忠実、かつ自然な表現です。「きたのかを」は「きたか」で良いのではないでしょうか。「での、」を「における」などとした方が読点の数も減らせ、読みやすくなります。「紀元前10,000年といえば、~頃です」は、切って訳すのもテクニックの1つですが、なるべく原文に合わせましょう。他の作品を参考に言い換えてみてください。「一方で」、原文にはありませんが流れを汲む、このようなつなぎは効果的です。「かつての規模と比較して大幅に縮小しており」、「人類は繁栄を遂げてきましたが」は、原文からやや逸脱しています。「その要因として、~含まれます」、 意味は合っていますが、「含まれます」に重点が置かれてしまっているので、さらっと「など」とした方が良いです。「肉や乳製品の需要」は正しくは「肉や乳製品への需要」と思います。「our」も訳出しましょう。「招きました」は、現在もそうであるというニュアンスが抜けています。「具体的には」は、やや意訳ですがコロンを訳出しようとする努力が見られ好感が持てました。「77% もの」 の「もの」は原文にはありません。

J88: 意図的なのかもしれませんが、投げかけるような独特な文体です。ちょっと直訳かな、という印象を受けました。この文章は小説やエッセイではないので、あまり感情が入らない、読者の想像力をそれほど求めないような平易な文の方が適切です。推敲を重ね1文1文を完成した文にしましょう。「健康な地球とは」タイトルに工夫が見られますが、この「health」は健康状態という意味です。「が気になる?鍵は」も面白い試みですが、もっと読者に対して具体的に「Focusせよ」と訴えるという意図が伝わるといいですね。「生物の乱獲」、「overfishing」は魚介類のことに限られます。「構造的欠陥に踏み入る前」は「構造的な欠陥があるという話をする前に」、などとした方が自然です。「踏み入る」はやや直訳的です。「食料の供給の人類への。」は分かりづらいです。「農業による食料の生産が」、「如実に」、「ただし、限る」は原文から逸脱しています。「own」、「successfully」 もきちんと訳出しましょう。 「完新世の始まりにあたる~可能になりました」、「圧倒的な数の~んで見えます」、「とりわけ地球資源への~に対する人間の欲求です」は、工夫されていて良いですね。「霞んでは」はひらがなの方が良いかもしれません。「野生動物の生物量が縮小しているのは、~も要因となっています」は、 すでに縮小していることを先に言っていないので唐突な感じがします。要因を考察しているように聞こえますが、ここは縮小したことがポイントです。「熱狂的な狩猟」は意味が伝わりづらいです。「人類による初の大量絶滅を引き起こしました」 は良い訳です。丸カッコの中は体言止めもしくは簡潔にした方がさらに良くなるでしょう。「ですが」は口語的です。「問題が育まれています」は正しくありません。育むの意味を確認してみてください。「動物用の餌」、餌は動物のためのものなので「用」は必要でしょうか。

このほか複数の作品に共通した点をいくつか。「緑の円」は「緑色の円」とした方が分かりやすいです。「淡水」で正しいですが、ここでは飲料水のことを言っているので「真水」とした方が良いかもしれません。「レジャー」は日本語だと行楽の意味で、ここでは適切ではありません。 「メガファウナ」という学術用語を使うか、単に巨大動物とするか悩ましいところです。原文をよく読んで意図に沿った表現を選びましょう。それから、「成功は新たな問題の原因ともなります」、「狩るのに熱心だったこと」など、訳文の構造を工夫しているうちにいつのまにか原文とは違う個所に重点が置かれてしまう、という現象にも気を付けましょう。

実務翻訳者には、一文一文、一語一句、内容を漏らさず伝える、原文から逸脱しないことが求められます。日本語の文として読みやすくする過程で、言葉を足したり省いたりして、どんどん気付かないうちに論理がずれてきている、主題に関する訳者自身の知識や考えが入ってしまっている、ということは、新人の方の翻訳によく見られる傾向です。著者の意図を理解するには、まずは原文をしっかり何度も読んで著者に近づくこと。それには音読が効果的です。そうして訳せそうだと思ったら、いきなり入力やペンで書こうとしないでサイトトランスレーション(Sight Translation)も試してみてはいかがでしょうか。サイトトランスレーションは原文を口頭で訳す技術です。私も翻訳を学んでいた時によく練習しましたが、今でも職場で会議中のスライドを見ながら口頭で訳したり、電話で資料の内容の問い合わせを受けたときにさっと訳したり、と、とても役に立っています。ポイントはいきなり書こう(入力)しようとしないことです。もちろんベタ訳や下訳も良いですが、書くという作業はどうしてもきちんとした文章にしようという、また、どんな日本語の訳語を与えようか、意味が分からないから調べよう、など、別の思考や作業が必要となります。まずは素直に原文を理解する、著者の身になって意図を汲む作業に集中しましょう。意味が分からない言葉が出てきてもそこは英語のままにし、印を付けておいて、次の文に進む。終わったらまた最初から繰り返す。そうしているうちに全体像が見えてきます。分からなかった言葉も前後から意味が予想できるようになります。原文と真摯に向き合うことであまり原文から脱線しなくなります。

苦言を呈しましたが、みなさんプロのレベルまであと一息です。がんばってください。応援しています!