石原ゆかり審査員

今年も無事コンテストを終えることができました。機械翻訳や AI 翻訳が一般化してきている中、今回も多くの方がこのコンテストに挑戦してくださり、とてもうれしく思いました。

課題文、まずは見出しから見ていきます。見出しにしては少し長めで句ではなく文ですが、なるべく簡潔にまとめ、さらに主旨を伝えたいですね。以前の講評でも書きましたが、見出しはそれ自体だけ見て訳し始めずに本文を読んで理解し、いっそ本文を先に訳してからの方が、文の内容にあった良い訳が出ます。J11 さんの訳が一番原文に忠実で簡潔ですが、個人的には J55 さんと J85 さんがもう1歩踏み込んで「高額で売買される商品ではない」という主旨を伝えていて良いと思いました。for millions はどちらかというと数百万に限らず数千万、もしくは数億ぐらいのイメージです。数字を強調しない方が無難でしょう。private buyers は、いずれも「個人」、「個人収集家」と適切に訳していて良かったです。auctioned をそのまま訳すのであれば、「オークション」とカタカナにすると特に見出しでは長くなってしまうので「競売」で良いのではないでしょうか。ただし、「競売する、競売される」という動詞は私は見かけなかったので正しいのは「競売にかける (掛ける) 、かけられる」ではないでしょうか。

冒頭、数字や名称が出てきます。名称は調べて一般的な表記のものを使います。原文では引用符が使用されていない場合、鍵かっこに入れても良いですがほかの部分でもかっこで括る、もしくは初回だけ、など統一すると完成度が高いという印象を与えます。英語名併記については、エイペックスもスーも、日本でも名前が知られているようなので今回は補足しなくても良いでしょう。数字はすべて正確であることは必須です。J53 さんだけ「4460万ドル」と、数字が原文と違っていましたが、リサーチで実際の売却額を見つけてその数字を充てたということでしょうか。リサーチをして背景、経緯を知るのはとても良いことです。ただ、実務ではこのような場合はクライアントの了解を得ること、確認できない場合は原文どおりにしましょう (減点にはしていませんが)。高度な技術文書では訳者の知識や理解を超えていることもありますし、特許や法律文書では原文と内容が異なることで申請内容や裁判が無効になってしまうこともあるのでご注意を。円換算は場合にもよりますが、昨今変動が激しいこともあり入れない方が無難でしょう。

日本語で「トロフィー」は賞品を示しますが、 trophy は狩猟の獲物で作った壁飾りや戦利品など自慢できるものという意味でよく使われます。 Trophy wife という表現がありますが意味を調べてみてください。deep history、deep time ですが、J85 さんの「太古」はうまく表現しているなと感心しました。Tools を「手がかり」としている作品がありましたが、「手がかり」は最初のみを指す言葉なのでどうでしょう。J11 さんの「資料」、J55 さんの「研究資料」はうまく言い換えていると思いました。price tag ですが、「値札」は商品に付けられるものなので、この場合は「高額である」という意味を指す表現の方がしっくりくると思います。用法を調べてみてください。そして悩ましい access。「アクセス」は最近は一般に浸透しているかもしれませんが、「利用」の方が分かりやすいです。「活用」は意味が異なります。

Science versus ownership、みなさん工夫されています。「~の対立」はやや意味が分かりづらいです。J85 さんの「v.s.」は面白いと思いましたが、「所有権」は意味が違う気がしました。J81 さんの「科学か所有か」が一番シンプルで妥当でしょう。Our field is a science ~ disciplines は後ろから訳すよりも、まず、古生物学は科学である、とし、他の科学分野同様、いくつかの基本原則の下で成り立っている、すなわちそれらは、後続の Data must be transparent ~であるという構造を意識してみてください。 Paleontological research is ~, so that~ の so that 以下は、私は目的というよりは結果であると解釈しました。private sale を競売用語とするかどうかは Sue が FMNH に売られた経緯が複雑で。著者も正確に把握しきれていなかった可能性がありますが、ここは要は公的機関ではなく、民間との取引であったようなことが言いたかったのではないかと解釈しています。いずれにしろ、この経緯、面白いのでぜひいろいろ読んでみてください。それはともかくとして、sale は、以前のコンテストでも出てきましたが、文脈によって訳し方が難しい言葉です。buy も同様にです。「バイヤー」は買い付け業者のことになります。辞書にいろいろ訳語が載っていますが、日本語での意味、用法を調べて文脈に合わせて使い分けられるようにしましょう。社名は日本での正式名称を調べて使用するのが原則ですが、こうした文章ではディズニー社もマクドナルド社も日本でもよく知られている企業なので、「~社」とした方が簡潔で読みやすくなる気がします。private donors は複数であることを強調したいですね。vanish は「消え去る」という原文のイメージをそのまま伝えたいところです。

次の項の見出し、 Perpetual access も内容を踏まえたうえで、J53 さんの「将来にわたって利用できること」のように多少意訳しても良いと思います。また、他の見出しと文体を合わせるようにしましょう。address ~ questions も訳しづらい表現ですが、ここでは「取り組む」などでさらっと対応しましょう。

Professional standards matter の項および Funding the future の項は、本文も含め、どの作品でもおおむね良く訳されていました。 paint-by-numbers kits は検索すると例が出てきます。kits は訳出せずに単に「塗り絵」とし、ルーブルの方も「絵画」とした方が対比が明らかになります。 High-profile はぜひ英語での語源や意味を調べてみてください。たとえば他への影響が大きく、多くの人が注目している裁判は High-profile case と呼ばれます。 price tag がまた出てきました。「値札」、「価格」の意味をそれぞれ調べてみてください。

最終選考に残った 5 作品、いずれも良く訳せていました。1 位の J53 さんは原文の意味を一つ一つ丁寧に理解し、自然な表現で訳しています。「~に寄与する」、「研究を前提とする」、「決定的に」、「ほかならない」など、原文にはない補足があるのが気になりました。2 位の J85 さんは言葉のセンスが光りました。しかし同様に「美しい個体は存在するが」、「謎を解き明かす方法は増えており」、「表現された」など、原文からの逸脱が見られました。日本語で良い表現が思いつくと、気付かないうちに原文とかけ離れて行ってしまうことはよくあります。表現が原文と合っているかどうか、訳文を見直す、ある意味疑ってみると精度が上がります。J11 さん、J55 さん、J81 さんも意味を正確にとらえ上手に表現していますが、「科学的に恒久的な」、「分析の再実施」といったぎこちない表現や「遺骸」、「日の目をもたらす」などの誤訳と判断した表現がありました。昨今、一般に「~的」、「~化」という表現をよく目にしますが、それ以外にも自然な言い方があるので、いろいろ言い換えてみる練習をすることをお勧めします。あと、読点をあまり使わないようにして言葉が続くようにすると読みやすい文になります。

時代の流れで、実務翻訳者の仕事も機械翻訳や AI 翻訳されたものをチェックし、直す、という仕事が増えてきました。一見流暢な AI 翻訳に惑わされず正確な訳に仕上げるには、訳文、訳語をしっかりと吟味できる英語の読解力、日本語の表現力、そして知識力とリサーチ力がこれまで以上に必要とされています。今回のコンテストや以前のコンテストの最終作品と私たち最終審査員の講評を参考にして、これからもぜひ練習を続けてください!